靜物寫生の話[四]

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

大下藤次郎
『みづゑ』第三十七 P.4-7
明治41年5月3日

△紙は寫すべき材料と時間との都合によるが小さいとイヂけていけぬから四ッ切位ひがよい。
△簡單なものから複雜に入るのは何を學ぶにも同じことである、最初は直線で出來たもの、即ち角火鉢とか書物とかいふやうなものから始めて、段々形がとれて來たら曲線のものを試むるがよい。
△透視畫法を知らぬ人は正しい輪廓をとるのに困難であるから、極大體だけでも學んで置く必要がある併し熱心に正確の描寫を試みたなら、透視畫法を知らなくとも大なる誤りなしに物を寫すことは出來る要は絶えず勉強して物の形を正しく覗るやうに眼の力を養ふべきである。
△最も多くの誤りは、書物の如きは、側面の寫生でありながら平面に見てゐる時の記臆のために、其書物の表紙の幅が實は其厚さの央にも達せぬ程僅かより見えぬに拘はらず、甚しく幅廣く畫くことである、これ等は長短の比較に注意せぬためである。
△透視畫法の間違へ易いのは必ずしも直線で出來たものばかりではない、曲線でも、水呑とか茶筒とか花活けとかいふ正しい形のものは、往々上部の弧線と、下部即ち底の弧線との比例を誤ることがある、上部の橢圓よりも底の方が必ず圓く見えるのであるから注意されたい。
△野菜、果物、花の如きものは透視畫法との關係が少ないから却て寫生するに都合がよい、但花は寫生中に形が違ふ恐れがあるから、他の方面は捨置て花だけ先に畫き上げる事もある。△輪廓をとるには直線で大體の見當をつけ、要所要所を正しく比例を見て、よく畫面に適當な位置に入れそれから直線を漸次曲線に直してゆくのであつて、初めから細部へ筆をつけてはいけぬ。
△靜物寫生は眼の練習である、物の長短、傾斜の度、大小の比例等を一目で正しく視別ける事が出來るやうにならねばならぬ、分度器に示されてある通り、直立は九十度、其半は四十五度、下三分の一は三十度、上三分の一は六十度といふやうに、物の傾斜の度を記臆し應用することが必要である。
△試に一の物體を寫生するとして、先づ紙に向つて第一に極めなければならぬのは位置である、材料の種類によつて、中心より上部に置くとか、下部に置くとか、或は右或は左といふやうに、被寫物の中心は必ずしも畫面の中心ではない。それで上部なり左右なり位置が極まつたら、先づ被寫物の全體の大體の形(これも必ずしも全體とは限らぬ、其の一部分を畫面の外へ出すも差支ない)を、直線を以て畫面の適當の場處に描く、そして被寫物の中心を求めて、上下左右に向つて十字の虚線を畫き、長短の比例をよく見て、四方の輪廓の限度を定め、然る後内部を幾個にも區劃して、要所要所に目印をつけ、漸々細部に及ぼしてゆくのである右の花と左の葉とは孰れが高き、上の蕾より垂直線を引けば下の枝の何處位ひにゆくかといふ風に絶えず高低出入等を注意して調べて見るのである。
△ランプとか花瓶とかの左右同形の立體を寫す時は、先づ中心に垂直線を引き、それを中央として左右の出入を見ると正確な形を寫すことが出來る。
△正確なる形を寫すためには虚線をイクラ引いてもよい、正しく自己の滿足するまで形の上に骨折るのは初學の人に必要のことである、但虚線はなるべく鉛筆を輕く持つて後にゴムで消し易いやうに畫くべきである、なほ直線を描くに定規を用ふることは断じて不可である。
△寫生をする時其物の比例を見るためには、正しく鉛筆を持つて手を充分伸して上下左右の長短を目測することは妨ない、また重錘のついた糸を垂れて線の比例を測ることも初學のうちは一向差支ない。
△寫生中モデルの位置の變することの不可なると同時に、寫す人自身の眼の位置もいつも同一の場處にあらねばならぬ、頭を前後左右にしては位置が狂って來る、いつも同じ姿勢を保つて居るべきものである。
△正しく輪廓がとれたらゴムでザツと消して、軟かい方の鉛筆で實線を描く、光線の來た方を細くし蔭の方を心持ち太くするのである。

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