藤園氏木曾日記の一節


『みづゑ』第三十七 P.21
明治41年5月3日

 翌日は朝より默語と素空とは寫生に出かけおのれは明神社よりそのわたりの町のさまを見歩く、午時おのおの歸り、二人が寫生せる水彩畫を床の上に並べおきしに、例の尻太女遠ながら見やりて、アンタ方は色入寫眞をなさるゝお客ですかといふ、これ見よと手にわたせば、つくつくと打見て、變ですな汚いことと一向に褒めす、默語しからばとて、有りあふ紙に彼女の顔を畫きて、これいかにと示せば、打見るよりカラカラと大笑してやがて奥ざまに持ちゆく、これを初としてこの日は更る更る出で來て顔かきてよとせまるに、默語筆の命毛もたゝんとす(藤園氏木曾日記の一節、默語とは故淺井忠氏の雅號なり)

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