イースト氏寫生談 搆圖[下]
石川欽一郎イシカワキンイチロウ(1871-1945) 作者一覧へ
石川欽一郎
『みづゑ』第三十九
明治41年7月3日
搆圖の概綱に就ては以上述べたるが。少しく畫の細部に亘りて一言せんに。我畫に一定の畫法あるはよし。只だ之れを墨守せざるよう注意すべし。物の形の同じようなるが畫の此處彼處にありて目につくは宜しからず。尤も同じ形を巧みに配合するは面白けれども。之れは初學者に於ては危險あり。又た畫中の線の角度の關係を能く考察し。餘りきわ立たしむ可からず。就中直線程著しく目立つはなし。又た一箇處に物を畫けば同時に他處に何にかの形ちを作る譯にして。即ち一方に暗らき部分を畫けば他方には明るき部分の形ちを殘すものなることを心得べし。
和蘭の古畫には木の葉一枚々々を丁寧に畫きたるものあり。極めて忠實にはあれど。同じようなる木の形ちが此處彼處にあり。木の葉も皆同じようにて技も亦皆同じかき方なり。クロード。プーサンの如き此筆法にして。爲めに樹木に不自然の觀あらしむるを免れず。漸くターナー出でゝ自然の變化の妙を現はすに至れり。樹木の描法は別の章に於て述ぶべければ茲には單に搆圖上の一材料として説くに過ぎざるが。須らく技葉の同じようなる形ちと大いさは避けざる可からずと云ふことを注意し置くべし。
點景人物は搆圖上重要なるものにて、小なる人物を一つ點ずるは他の大なる無生物を附するよりも著しく釣合を變ぜしむること。大なる樹木等を附加するよりも關係を及ぼす處大なり。暗らき部分中に小なる明るき部分あれば強く感ずること。弱き調子の中に明るき處あるよりも著しかるべく。又た小なる暗き部分が明るき部分の中にあれば。大なる明るき部分が薄暗き部分中にあるよりも著しく感ずべし。
明るき筆も暗き筆も皆搆圖を作るの基なれば何れも精緻を極むべし。實際に無用の筆は省かざる可からず。巧妙なる圖とは僅かに一小部分を變更するも直ちに全體を傷ふ如きものゝ謂なり。幅一間もある大なる畫面中に。一寸四方の小部分を變更すとも直ちに全體の釣合を損する如きものなり。搆圖の好き畫は取捨すべき箇處なく既に完備せるものにして。之を畫くに當りては。幾多の困苦と練習とを經たりとも之れ何んの徒勞にもあらず。かくして始めて願ふ處を得べきなり。
畫家の中には專ら色彩に重きを置き搆圖の可否を顧みざる人あり。併かも追々歳月の久しきを經ば色彩は終に變化を免れずして殘る處は搆圖の妙にあれば此妙を見られざれば其畫の價値は遂に求む可からず。要するに搆圖は美術上最とも肝要なるものにして畫の優劣の別るゝ處は之れなり。
畫中一物と一物との間隔。又た此間隔と畫面の端との間隔が同一なる可からず。線状と物體とは能く融和すべし。木其他の物の形は勢ひよく畫き筆端を拘束せらるゝ如きことあるべからず。暗らき部分が急に明るき部分に接するは不可なり。其間に稍や薄色あるべし。かくせば畫に厚味と落付とを加ふ。風雨の如き強き光景は空の暗きにより景の硬きも折合ふなり。搆圖上色又は線に少しにても不都合の處あらば直ちに眼に着くものにして若し之れが眼につかぬと云ふは未熟なるの致す處なり。又た一物をかくに當りては描法を考究するに先だち之れが特徴を見るべし。即ち柳と杉を松に配合すれば。柳は鮮やかに杉は澁く見ゆる等なり。線も色も遠近法には能く注意すべし。線は互に照應し。又た實際に無趣味の線あらば明暗を配して修正することを得れども。亦往々反對の線を添綴することあり。之れをなすには熟練と注意とを要すべし。
平地の風景は空を廣く入れて位置を面白く見せしむ。其他幾多の搆圖上の方法あるべく。時には畫の一部分を切り取りて位置を面白からしむることあり。尤とも此方法はやたらに爲すべきにあらず。萬止むを得ざるとき。先づ切り取らんとする部分を紙にて覆ひ結果如何を考究して後之れを爲すべし。例へば高山を畫くに當り往々低く圖を取ることあり。之れを少しく高く見せん爲めには。空を一部分切り取るときは直ちに高さを増すべし。
搆圖に就て語るべきことは此他にも猶尠なからず。畫中の一物と一物との照應。明暗の配置等は畫の趣以外に別に考究すべき肝要なる事なるが。是等は所謂搆圖法に屬し。極めて興味あるものなれども。畫家にとりては又た極めて困難なる問題なるべし。