寄書 友へ、
廣島生
『みづゑ』第三十九
明治41年7月3日
今日は君スケッチに行つた橋を渡つて監獄の、傍を通て左へ折れて十丁程行くと野外へ出る、實に目がさめる樣である、過日來の降雨が草や木に一きわの緑を添へて、太陽がジリジリ照りつけて風の度毎に河柳の葉が裏がへつてまぶしく光る
天地何となく初夏の景色である、
ふと前方を見ると大な牛が一匹草を喰つて居る、余は三脚を下した、谷のきわまりの紫色の山に、暗い緑がほの見えて限りなく美しひ
畫きながらも胸のをどるのを覺ゆる
かわく間のぢれつたさにふと折からの談し聲に、見るとは無しに横を向くと白つゝじの咲き亂れた垣根に、七十位のをやじが草をとつて居る、傍に腰の曲つた媼が杖にすがつて、見入つて居る、此れも又となく美しひ、
然し君畫は不出來だつた、
君よ若き藝術家が胸の煩悶を抱いての歸路の如何にをそかりしかを思へ、さらば