コンポジシヨン(組成法)

戸張孤雁トバリコガン(1882-1927) 作者一覧へ

戸張孤雁
『みづゑ』第四十 P.4-6
明治41年8月3日

□ピー、エツチ、ロビンソン氏曰く余の持論は美術家たらんと欲する者は必ず畫の構造法を第一に學ばざるべからず、と斷言し、亦邦人間に普く其の名を知られて居る彼のアーサー、ダウ氏は美を研究するには先づ第一にコンポジシヨンより出發せざるべからず、と警告して居る、両氏の説は眞理術であらう、如何に描寫巧なりと雖も只描くのみでは其作品は美術繪畫としての價値はない、博覽會或は公設展覽會出品の繪畫に此の缺點ある畫が多かつた、或る歴史畫は人物を肖像畫大の割合に描いてあつた、宛も桝中に惠比壽大黒を並べたやうで少しも餘裕がない、肖像なれば一塗にすべき程のバックの場所に種々雜多の物品を描て頗る窮屈であつて歴史畫として纒つて居らなかつた、其他部分的になつて例へば一個の畫が二分され而も雙方が孤立の状態の畫もあつた又徒らに畫面のみ大なるものがあつた、が畫面の大きいのみが大作と云ふ可きものではない、如何に小なりと雖も微密なる組織と整然たる統一とを具備したる作品が作の優なるもの、展覽會も漸次開催に際し此の點にも留意して賞翫批評して貰ひたいのである。
□經驗少なき人には熱心に寫生すれ共夫れに費したる時間と勞力に對して比較的に報酬が僅少である即ち好結果を齎らしてゐない、畢竟組織統一の如何を考へず單に艷麗に憧れて其の感じたる儘を寫すに基因するのである、例へば茲に黒表裝の書籍一册と薄色表裝の方の二册ありとし此の書籍を利用して一個の畫を描くと假定す、然らば吾人の第一に撰擇すべきは配置の如何である、而して第一圖(參照)の如くせんか何等の趣味もなく頗る乾燥で、第二圖の如くば多少趣味を増すも完全と云ふべきでない、然らば第三圖の如くすれば如何、黒き背景に光線を受けたる表紙、明き前景に黒色表裝位置並に濃淡の配合平均するが故に前者に比して畫として立派な者であらう、尚ほ書籍に替へるに一つの蝋燭臺を以て第四圖の如く配置せんか沒趣味なるも第五圖の如きは黒きバツクに白き蝋燭連續し(結合)書籍も右方の黒表裝にて位置並に濃淡等の平均を保つが爲め得も言はれぬ趣味を感ずのである、同じ物體が其の位置配合に因つて如何に趣味を多からしむるか、畫としての價値を高からしむるか、此の點即ちコンポジシヨシの如何に因つて生ずる問題である。
 

□風景を寫生する時も人物を寫生せんとする時も其の位置を撰定する事の困難なるは諸君の既に熟知せるるゝ所であらう、挿畫家にありては他の美術家の場所を撰ぶより困難なる組織を文章に現れてゐる頗る薄弱な而も朦朧たるものに因りて、自分の想像を活動させ強制的に原景を喚び起して描寫せねばならぬ、のみならず一冊の書籍に數葉の挿を爲すとすれば瞬間に挿畫丈けのコンポジシヨンを作るのであるから、挿畫に志す者の充分練習せねばならぬ物である、故に挿畫に志す青年諸君の爲めに漸次號を追ふて予のたらざる研究と經驗とを基礎としてリツチアーズ、カノヤー、ルウランド、アンカーロフト、メーナンド、ヂヨン等のペインター及び挿畫家ヒントン、パイル、ハニー、クラーク、ペンヒールド等の大家の講義及古代大家の蹟されたる書籍並に遺物の要點を參照し、畫家の秘訣としてゐる所のものを擧げ參考に供しやうと思ふ、郊外寫生の位置撰擇、ペインター、デコレーター、デザイナー及び寫眞師の伴侶たるを自覺してゐる、以下説く所にて良きものは先輩の説にして拙なるものは予の愚見と思ひ給はゞ大過なからん。
 (つゞく)
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