ピーター、デウイント[八]

青人
『みづゑ』第四十一
明治41年9月3日

 畫學生が使用する繪具の撰擇を見れば、其人の性質の強弱を明に覗ふことを得べし。通例其師が試みて要用なる繪具としたるものを用ゐんとしつゝあり。デウイントは此例より除外すべきものにて、甚だ珍奇なるなり。試にギルチンの調色板と比較するも妙なるべきか。ギルチンは十五色を使用しぬ。曰く、インヂゴー。レーキ。ライトレツド。インヂアン、レツド。ローマンオークル。オルトラマリン。マダーブラオン。バーントシーナ。ヴアンダイク、ブラオン。コローン、アース。ガンボーヂ。エローレーキ。ブラオンピンク。プラシアンブリユー。ヴエネシアンレツド。なり。
 デウイントの普通使用したるパレツトには左の十二色ありき。曰く、ヴエルミリオン。インヂンァレツド。プラシアン或はシアニンブリユー。ブラオンマダー。ピンクマダー。セピア。ガンボーヂ。エローオークル。バーントシーナ。パープルレーキ。ブラオンピンク。及インヂゴーなり。此外に折に觸れて使用するもの四五種あり、曰くオレンヂオークル。ヴァンダイクブラオン。オリーヴグリーン。コバルト。エメラルドクリーンなり。總て繪具は乾製にて、使用の際は水にて和かにし置くなり。デウイントは坊間にある繪具箱に附屬せる琺瑯質の板を好まざりしかば、別に氏自身にて箱を工夫し居たり。氏は銀樣の面の光れる金屬製の板を使用しけるなり。
 氏が使用する筆は二本にて、共に大にして丸し。一本は古き禿筆にで、一本は新しき先の好く尖りたるものなりき。氏の水彩畫の寫生は、前景はアクシデントの仕上げを此禿筆にて表はすことゝなしぬ。かゝる描方はサウスケンシングトンの繪畫中に見ることを得べし。
 「エ、コーンフイールド、アイヴイングホー」の如き郊外の好寫生畫に依て容易に此方法を見ることを得るなり。此の繪は各部共に筆力雄健にして流麗なるのみならず、潤澤ありて、色彩の或ものは豊冨に、或ものは寒色に調和よく、宛ら巧に寳石を散箝めたらんやうに麗はしきなり。如斯き結果を得たれば、前景は禿筆を用ひて、擦過して、皺を作り、望み通りの結果の、ある偶然の事を出來かして、活氣を添えつゝあるなり。コーンフイールド、アイヴインクホーにもこれを見ることを得べし。前景より極遠景へと移り行く處にターナー、コプレー、フイールデイングの如き、漸滅調色彩の融和)の變化はなかりき。デウイントは繪畫を洗滌して無邊の漸滅調を得ることを嫌ひつ。もし夫れ氏の繪畫を洗滌したらんには、色彩の深き光澤ある繪の鮮新なる榮えある部分を損じ了りぬ、氏の製作の目的を凌辱せしむるごとゝならんなり。
 此外またコーンフイールド、アイヴイングホーには三個の興味ある者あり。第一に樹木が粧飾上の價値は艮好なるものにせよ、寧ろ描方の規則正しくて、隨意過ぎたるなり。素よりこれ等は樹木なれども、名を附するに躊躇すべきなり。此の疑問はデウイントが郊外の寫生の樹木を見て、常に起るものならねど、氏はやゝもすれば樹木の種類の性質を誤りて研究する傾向ありしなり。第二は此繪の空にて、デウイントの繪畫に普通ある處の雲と異りて、英國的美觀ある雲なり。デウイントは如何にするも、雲の形層と、風ある日和に付きては、完全なる研究者にあらず。氏が立派なるスケッチには、幾時も幾時も空を描かずに。殘し置きて、象牙色のクレスウイツク紙に滿足して描きつつありしなり。此の點はターナー、コツクス、コリール等趣を異にせり。即ち英國水彩畫の雲雀の舞ふなる天空と異れるなり。デウイントが目を注げる處は、英國の土地と豊饒の収穫にてありき。氏は英國の地面の重みと、新鮮なる芳香を傳ふることに勤めけるなり。氏が有名なる収穫の景色は實に強壮なる英國の田畝の芳香と生命とが充滿せるなりけり。
 コーンフイールド、アイヴインクホーの第三に認らるゝものは、空の雲の一種變れるにあり。其色は濕潤ある灰色と滑かなる眞珠の調子にて鳶色の調子あり。こはインヂアンレツドと他の彩具を僅に混えて、化學上の作用を起して出だせるものなり。インヂァンレツドは單獨に使用するときは不朽なれども(鐵の酸化物なり。)混合して用ゆるに危険なり。叉下塗をして地面に暖みを帯ばしむるには危險なるなり。例之ば「クリケタース」に於ては空の藍色を腐蝕して全體が狐色を呈しつゝあるなり。されどかゝる色彩の損傷の變化ある繪畫はデウイントの繪畫中には稀に見るものにて、多數の繪畫は時日を經るも無事なるなり。又一方にては油繪の或物は劈痕の入りて、これを修覆するに忙殺せらるゝ程なり。サウスケンシングトンにある有名なる「コーンフイールド」の如きもこれに洩れず、空に圓形の劈痕が處々に顯はれ居るなり。宛らウイリァム、ブレーキの「エンシエント、オブ、デース」が一對の丸にて侮辱されつゝあると仝樣なり。如斯なれば、彩具の優劣は措いて、デウイントの水彩畫は時を經るに從て油繪よりはより早く消滅すべしとは批評家のいふ處なり。

この記事をPDFで見る