三亭笑語

蝸牛生
『みづゑ』第四十一
明治41年9月3日

■奈良の地暑熱甚し。寄宿舎に歸るや、一同熱い熱いを叫ぶ。某君一策を按じて直に罰金帳を作り、一度云う毎に一錢の罰金を課す、茲に於て、暖い、涼しくない等の語流行頻りなり。
■關東の某君、誰は罰金點が増したから振つてる。あのスタイルは振つてる、と振つてるを振廻す事夥し。罰金會の夜、お松さん銀世界とカステイラを持來るや、忽振つてるの大安費を始む。お松さん何と思ひてか、『ちつともふるてやしまへんわ』
■某君常にうろつき廻つて到る處に冷評酷罵す。依而罵倒博士の尊號を授けらる。大下先生又皮肉を以て名あり。一日竹下君畫か修正せるを折柄通りし先生評して曰く、其雲は倒にすると非常に良い山に見えますよ、空に深味がないから雲より空の方か手前にある樣に見えます。罵倒博士やをら來つて何か言ひた相なり。先生笑つて曰く、罵倒比べをしやうぢやないか、博士曰く、繪の脇に説明を付けたらどうです。先生答へて曰く。雲の奥に空ありとでもして置くかね。
■罰金茶話會を開くに當り、徴収額を檢するに某は一點某は二點某は十三點平均すれば一人四錢餘、依て、貧乏くじを引きて補缺したる結果、某は僅に一錢某は十九錢五厘を出すと云ふ不平均を來しぬ。菓子出るに及んで高點者は先取を主張し、一錢君は社會主義を振廻して天下平等を主張す。やがて會始まるや、一人がもう熱いを言つてもよいと言へば一同忽現金主義を奉じて口々に熱い熱いを連發す。
■横濱の某性頗る快活、聲甚だ甲高、一笑すればよく一町四面に轟き渡る、送別會の席上、滑稽動物園に獅子を見ん事を望む園主先づ説明して曰く、えゝ此獅子は丈が高くて聲も高い。さあ御覽なさいと。某君覗いて見るや、苦笑一番、ウワツハーと吼ゆ。一座の百獣悉く之に和してウワハハハ……。
■短しと雖も二週日、朝は五時前に起き、多くは食前に一枚のスケッチを得、朝の講話すめば直に三脚を擔いで出で、頭上に太陽の耀々たるを忘れて無心に筆を運ぶ。午後は多く二時の聲に飛出し、蝉の聲滋々たる炎熱の場裡に、入は正に午睡の夢まどかなるべきを吾一團は巳に塵寰を脱して直に自然と同化す、其勇氣や忍耐や、否其熱誠や、、恐らくは他に又之を見る事能はじ。
■一夜丸山先生、巴里に於て自ら演ぜし滑稽談を話さる。珍妙洒脱、談興に入つては先生自ら體を前後に揺すつて大に談じ大に笑ふ。聞く者吾を忘れて、和氣自ら一場に滿つるを覺ゆ。惜しや吾に、之を筆して讀者に興を頒つの才なし。
■二十四貫君常に奈良の方言を用ゐて女中を笑はす事一再ならず。食時に至りて女中故らに他の方より飯を盛り始む。二十四貫君もどかしくて堪らず、茶碗をたゝいて曰く、『はよう飯を呉れへんか』

この記事をPDFで見る