ピーター、デウイント[九]
青人
『みづゑ』第四十二 P.17
明治41年10月3日
偖てデウイントの繪畫は全體にかゝる批評に關せずして、第一着手に研究せざるべからず。氏の繪畫は表出に於ては甚しく多樣ならねども、宏大崇嚴の趣は最良の近代風景畫中に高位置を占めつゝあるなり。建築物の畫題に於ては多く一樣にやゝ秀逸のものあり。氏は常に歴史的の建築物を描きて、石工やローマンスの重みを現はすに適せざりき。例之はサウスケンシングトン中の大畫の「ウエストフロント、オブ、リンコルンキヤセドラル」の如き古き家屋が彩色したる涅板の觀あり。こは主要なる色彩に富めるものにて、デウイントの作中稀に見る處なり。又建築物の好畫題を描きたるものは、「ゼ、ルーイン、オブ、ゼ、ビショツプスパレース、リンコルン」「ポツターゲート、リンコルン」「グロセスター」「ブリツヂ、オヴアー、エ、ブランチ、オブ、ゼ、ウイサム」なり。兎に角に建築物を描くは、デウイントの長所ならざりき。氏は自己の創始の方法にて、有名なる静物畫(花卉も含む)を描けることは、好く世の知る處なり。又シエリングハムの畫趣に富める漁者の寫生に安息日存喜んで消費せしむとも、普く人の知る處なり。實に氏が生涯に安息日のスケツチを澤山作製したることはデウイント夫人の記せる傳記に載せて明なり。デウイントは人物の部分的研究をせざりしてふ愚説は今日に於てはこれを宜しく排除すべきなり。嘗て高さ九吋、廣さ五吋の氏が清新にして美麗なる水彩畫を見たり。其繪は海岸に漁者ありて其後の波の打てる處なり。漁者は直立しつゝあり。本職の人物畫家の筆とは何處か異れども如何にも勇敢にして強壮に頗る重量のありげなる體格なりき。これ等の人物寫生は無論デウイントの生涯の作品中に眞正の價値あるものなれども、こは氏が英國風景畫家の重鎭にて、水彩畫及油繪共に近世美術の指導者たりし德の致す處なるなり。
要するにデウイントは筆力雄健に色彩豊富なりき。氏は輪廓内に彩具を塗らざりき。苟も顔料を用ゆる痴事を演ぜず。氏は實に生れながらの眞正の畫家にて、創始的の色彩なりき。素より範圍には限りあれども、強壮にして熱心に剛勇にして嚴格に、全く單獨の人なりき、氏は田園の風物を好んで描きぬ。家畜の如きは好尺で群羊を描き、又日光に對して、或は原野の勞働に疲れて居眠る馬匹を描きぬ。英國水夫や収獲者の群が日光の下に樂しく勞働しつゝあり、或は休息しつゝある、所謂英國風を描きけるなり。(完)