寄書 水彩畫と線
晩雨
『みづゑ』第四十三
明治41年11月3日
水彩畫に直線(幾何學上の直線に非ず)は禁物である。
これは自分の考に過ぎぬ。
曾て或建築物(奈良南圓堂)を寫生した時に全く失敗の作と可成に出來たのとが二杖出來た。後者は前者の非を悟って再び描いたのである。其悟つた失敗の原因が即ち直線を描いたのにある。建築の美は曲線美と直線美とが甘く調和して居るのにある、寧ろ時としては壮大なる直線美によつて人を威壓することもある。故に建築物に直線美は是非必要である併この直線美は畫面に直線を描いて其感じを出すことは不得策だと思ふ。
自分が失敗したのは全く茲にある。直線美を現はさんが爲に丁寧に直線を描いたのにある柱や額や陰陽の境界など皆直線を入れたのである其結果は非常に見惡いものとなつた。次に其非を悟つて直線を描かず陰陽の關係等で直線の感じを現はして見たが割合に甘くいつた。
其後船樹木等にためして見たのにどうしても水彩畫では筆をもつて直線を描くことは禁物だと思ふ。(直線の多いのは失敗作なる故)直線を描かずに直線の感じを出すのが必要と思ふ。以上愚感に過ぎず。