尾瀬拾遺


『みづゑ』第四十四
明治41年11月18日

△尾瀬附近に七月頃咲いてゐる花は、ミヤマリンドウ、ゴゼンタチバナ、チンクルマ、イハカヾミ、キヌガサソウ、カンゾーヤマツヽヂ、ミヤマアヤメ、ヒメシヤクナギ等が主なるもので其他はいろいろあるが名を知らぬ、何れも高潔で美しいものばかり。
△植物としては武田氏の記載によれば、リヤウブ、ハウチハカヘデ、トチノキ、ウリノキ、イボタ、マンサク、ハギ、スヽキ、ワラビ、ギバウシ、カラマツ、ミヅナラ、オホカメノキ、コバノトネリコ、ムラサキツリバナ、モミヂ、ハリギリ、ツノハシバミ、ネマガリダケ、ブナ、シラカシバ、キハダ、ナナカマド、アヲタゴ、ノリウツギ、ネコシデ、等を擧げられたり、吾等の見たるものとして此ほかに五葉の松、ツガ等ありき。
△一行のうちの植物學者は八木君なり。
△八木君で思ひ出せしが、入口で小用をした夜、幽靈話あり八木君ユーレンとお里言葉を出して一同大笑ひ。
△一行のうちの某君曰く「若し先生が居なければこの小屋の中で小便をしかねない」と。
△一行のブショーになつたる事推して知るべし、手拭をぬらして乾かすのが面倒なために、臭くなつても洗はぬ人あり、土足のまゝ床に上つて夜は勿論その上へ寝るなり。
△紙屑を捨てるのにも、唾液を吐くにも、室内て寢ながら用が足りる、こんな便利な家は他にあるまい。
△食事の時テーブルとなるのはイツモ寫生箱なり、此箱の上へ、醤油もこぼれるし、飯もこぼれる、茶もこぼれる、濟んだ跡は鉋屑で拭いて置く。
△鍋、茶碗の類は戸倉から持參せしもの。
△戸倉に鷄卵はない、沼田から一つ五錢も出して買つて置ても、十のうちの五つは腐つてゐるといふ始末。
△戸倉の馬の駄賃一日金貮圓也。
△草鞋は戸倉で用意すべく、一日一足位ひは入用と心得べきなり。

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