山中の湖

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

汀鴎
『みづゑ』第四十五
明治41年12月3日

 この秋は赤城へと志せしも障りありて得果さゞりき。霜月に入りてより、僅に數日のひまを得たるに、何處か湖畔の秋をと、地圖を展げてやがて定めし地は甲州山中湖なりき。
 十一月四日はれ
 かたの如く仕度して、八時三十分新橋發の汽車に乗る。大磯國府津あたり空氣晴やかにして夏の如し、やがて箱根山中に入る、秋なほ早し、人はこのわたりの景色を指してその美を賞すれど我はさまでとは思はず、正午過るころ御殿場につき、直ちに籠坂行の鐵道馬車に搭ず。
 馬車は十餘人を容るゝに足る乗合に婦人及小兒多く頗る賑やかなり、富士を前にし或は左にして裾野をゆく、落葉松黄金の色を呈し、野には白菊あまた咲き滿てり、尾花のうら枯れて風に動くも淋し。
 目に立たぬ程なれど、上りなれば駒のあゆみ遅々として道はかどらず、車内の一客頻りに俗謡をうたふ。
 富士は雲にかくれ、日のやうやく斜になるころ車は須走につく、是よりは峠道なり、峠は徒歩する方馬車よりも遥かに早しとて荷物持たぬ人は車を下る、實に駒のあがきは一層緩やかになりてもどかしく覺ゆ、ゆられてゆられて眠りに入れる人も少なからず。
 籠坂の半腹より見たる景色は雄大なり、遠く有渡山横はり、近く愛鷹聳えたり、伊豆の海、駿河の海はさだかに見えねど、うす霧たてるはそのあたりなるべし、富士をめぐれる雲いよいよ繁かり。
 

小笠原母島桑の木の森林丸山晩霞筆

 峠の上にて車を代ふ、夕暗の右に白きは山中の湖ならし、風さやさやと岸邊の蘆にわたりて物淋しかり。こゝよりは下り坂とて、車はひた走りに走りて、やがて山中の宿に入り、中屋といへる旅店の前に止まりぬ。
 危ふき階子をのぼりて通されし座敷は二階の六疊なり、燈火も明ろく食膳も賑やかなり、夜のものゝ一方ならず重きは是非なし。
 五日くもり雨
 後には雨ぞと宿の人々のいふに、今の間にこそと寫生箱肩にし出づ、山中の町はもの錆ひで面白し、町端れに大なる森あり、木の多くは槻にやあらん、折からの秋の色は梢をかざりて美はし、森を抜けて數十歩湖畔に出づ、湖はその形三日月に似て周廻三里、水清く砂黒し、富士の高嶺は雲に閉ぢられて見えず、裾野のいろ灰かに、岸邊の雜木色さまざまに高く低く水をめぐれり、折から風なくて水の面は鏡の如く、魚とる小舟の三々五々靜かに泛びて影をひたせり。
 汀に三脚すへて湖をうつす、半ならずして雨ふり來り、紙の面にしぶきかゝるに、得たえで森に逃げ入り、諏訪神杜の軒下より山中村の家をうつす、畫面の容易に乾かぬに苦しみつゝ、漸くにして一枚を得、二時頃宿へ歸りぬ。
 歸りては見たれど、紙障古く暗くして繪の補修も出來ず、空しく夜になるを待つのみなり。
 六日曇雨
 秋の雨は一日にて晴るゝものと思ひ居りしに、今朝もまた曇りて、後には雨ならんとすなり、朝のうち槻の森にり入て、落葉ちり敷く道を寫す、それより湖岸に出で見るに、ハラハラと雨降る中を、富士は半以上も姿を現はせり、白妙の雪の形のいと面自きに直さまスケツチを試みつ、更に湖に沿ふて村近くに到り、小舟を前景に紅葉せる林を描ける時、雨大に到りて今日もまた半途にして筆を収めぬ。
 此の夜ツルゲネーフのオン、ゼ、イーヴをよむ、さきに譯者御風氏より贈られしも、そのおりなくて讀まざりしが、今度こそはと携え來りしなり、ヱレナとインサロフの戀の高潔にして熱烈なる、青春の血枯れたる我等の如きをしで、猶且つ脈の動くを覺えしむ、新夫嬬のブルガリヤに向はんとして馬卑に乗れる時、我はヱレナの父のため、またその友たるベルセネフのために思はずも涙を催したりき。
 七日快晴
 朝日キラキラと湖面に輝やき、岸の芝草霜白し、水に沿ふて東の方長池のほとりに到りて見れは、富士は全容を現はして一點の雲を止めず、新雪更に加はりて銀流麓にまでも及ばんさまなり、風なき山ふところに三脚すへて、葉柳を前景として富士をうつす、湖水靜かに、逆しまに其影を宿して美はし、たゞ居る處往來に近く、さ蝿のうるさく顔に手に這ひ廻るに苦めり。
 こゝを去つて長池の村を過ぎ、人も通はぬ湖の岸を辿りて岬に出れば、遠く裾野を越して連山の雪を戴けるを見る、地圖によつて案ずるに、右なるは鳳鳳、地藏の諸山なるべく、左なるは白峯山脈とおぼし、珍らしければこゝにも一枚のスケツチをものす、折から南の空に黒き雲湧きて、對岸の山々を掩ふに、その物凄き光景の捨がたくて、續いてこれも畫中のものとなしつ。黄葉紅葉美はしき山道にわけ入りて平野村さしてゆくに、途中茅原の中に湖に通へる細路あり、よき處もやと進み入ること數町、道は漸く下りに向ふに、前面なる水中に蘆の茂れる出島あり、其前に黄葉せる林の梢を見る、なほ進みて林に近づけば、細き路ありて苔むしたる朽木横はれり、落葉をふみて奥へと入れば、天滿宮の社あり、右に下れば湖の岸に出づ、岸より湖に差出せる樹々のもみち葉言ひ知らずめでたし、蜘蛛の巣の顔にかゝるを拂ひつゝゆけば、白き幹せる巨木の數知れず並び立ちて枝を交へ、黄金色せる葉は地に敷きて踏むごとに高き音を立てぬ。
 實に美はしき秋の林よと、暫らくは茫然たりしが、やがて水に近く位置を求めて、こゝにも一枚のスケツチを得、つめたき風に吹かれつゝ日くるゝ頃山中の宿へ歸りぬ。
 今宵東の山の端をはなれし月まるく、山村の夜景極めて靜穩なりき。
 

カツサン氏鉛筆臨本の内

 八日快晴午後くもり
 やゝ風たちて、道の潦には薄氷を見たり、今日も再び昨日の林へゆく、幽靜に過ぎてやゝ物凄し、居ること四時間、動くものとては梢のもみぢの風につれて、春の花の如く散れると、汀に群れ居る水鳥の、時々羽音高く飛廻るあるのみ、あまりに寂寥を極めて久しく居るに耐えず、僅かに一枚を得てこゝを去りぬ。
 湖畔に至れば、風つよく浪立ちつゝ荒掠たる景色なり、西の岸をめぐりて幾度か林に入り江に出で風に動ける一叢の川柳を寫し、夕暮宿へ歸る。
 九日晴
 惜しき別れを山中の湖に告げて、北の方吉田をさして出立す。裾野に通へる一筋の道は平かにして、途中の景色もまた平凡なり、たゞ處々蔓もどきの色鮮かに野を彩るに慰められつ、山中より一里程にして、遙に河口の湖を見る、遠ければそれとは定めがたけれど、周圍のさまを推し量るに景色山中の湖に劣るらしく覺ゆ、やがて吉田に近く富士嶽神社の前に出づ、古りたる杉林の中を辿りて本社に賽す、社殿荘麗、境内の風物物さびて繪にすべき處少なからず、此處より數町にして吉田の町なり、御師の家なりしといふ旅舎多し、下吉田町端れより馬車に乗る、小沼邊より乗客とみに多く、車の走ること速やかに、谷村を過ぎ田野倉を跡にして、午後一時大月停車場につきぬ。吉田より大月までの景色は、道路山水にやゝ見るべきものあるのみにて、特に車を下りて寫さまほしと思ふ程の處なく、有名なる谷村の瀧も、目を峙つるに足らざりき。
 二時、大月より汽車にて、五時新富着、此間八王子邊の田の面の色の美はしさぞ今も猶我が目に殘れり。
 此行繪を得ること少なかりしが、三十一字のスケツチは我がノートブツクの數枚を汚せり、もとより其道不案内なれば、世に示すに足るものとてはなけれど、沿道の風景を忍ぶよすがにもと、今そのうちの數首をぬく。
 むらくもに不二はかくれて裾野には夕日さすなり松のはやしに
 しらきくは野にさきみてりりんどうもまつむし草もなかにまぢりて
 二すじのレールのなかを一筋に駒はゆくなり日ごと夜ごとを
 秋の日は早やかたむきぬあしたかの山は紫紺にいろをかへつゝ
 かごさかや西にそびゆる不二くらく日はくれむとして風のつめたき
 月くらく森かげくらしちらちらとともしぴ見ゆる山中のさと
 さゝなみの音はかよへりみづうみのきしに宿かるたびのまくらに
 つきさえて秋のみづうみなみたゝずみぎはの尾ぱなしろく光れる
 きりきりと梢にたかき音すなり秋のはやしにきつゝきのきて
 くれなゐのちくさ八干くさつゆをきてあさひやどしぬみづうみのきし
 やまやまにたれしとばりのうすぎぬのすそに白きは夕けぶりそも
 あさなさなおく白つゆはからまつのおちばにこりて霜となるらむ
 木がらしよいたくなふきそふかずとてやがてちるなり峯のもみぢ葉
 かれ野はらやけいしくろきほそみちにいうなつかしきつるもどきかな
 ふみきりやはたふり女ほうしろくびんのほつれに秋の宿れる

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