靜物寫生の話[七]

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

大下藤次郎
『みづゑ』第四十七
明治42年2月3日

△鉛筆寫生については猶いくらも話すことはあるが、あまり長くなるから是から木炭畫の事を明しやう。
△まづ材料から言へば、紙と、燒炭と、畫板若くはカルトン、留鋲又は紙挾み、喰パンかさもなくば練ゴムがあればよい。
△紙は木炭用紙といふて特製のものがある、目のサラサラした硬い紙で、一尺六寸に二尺位ひの大いさで純白なると稍黄味を帯びたのと各種の色の漉込んだのとある、そして其品質にも、上下があり又厚薄がある、他の紙でも木炭畫の描けぬといふことはないが、價も廉いことゆへ木炭用紙を用ひたらよい。
△木炭は舶來と和製とあり、其質にも硬いのと軟かいのとある、又太いのと細いのと割つたのと圓いのと種々に區別されてゐる、其畫くべきものにより相違もあり、又人々の好みもあるが、初學の人の用ゐるのは、あまり硬いのよりはいくらか軟か目の方がよいであらう。
△畫板は紙より幾分か大きければ何でもよい、畫學生は通常カルトンを用ひる、それは木炭用紙よりは稍々大きな厚いポール紙にクロース若くは紙を貼つたもので、書物の表紙のやうに、二枚合せて繪を挾むやうになつてゐる、繪をかゝぬ時折返して壘んで置けば畫面を汚す事がないから便利である、大きなもの故彩料店から送らせることが出來ぬから、ボール紙のある地方の人は自分で製造したらよい。
△留鋲は普通のでよい、カルトンを用ひる時は紙挾みの方がよい、カルトンの上部に紙を挾んで下けて置けはよい、下の方は留めなくともよい、尤も長い時日を費して大きな繪でも描く時は枠に水貼することもある。
△輪廓を消したり、濃い處を淡くしたり、暗い處から白く抜いたりする爲めに喰パンが必要である、これがなくては木炭畫の稽古は出來ぬ、喰パンは粘々するやうに軟かでもいけぬ、ボロボロするやうに硬くてもいけぬ、製造されてから一日位たつたのがよい。
△喰パンの代用として練ゴムを用ひられるが、これでも間に合はぬこともない、佛蘭西あたりには喰パンの代用品があつて、竹見屋へ來たこともあつたそうだが今は品切とのことである、尤も田舎などで喰パンを得られぬ土地では、蒸饅頭の皮でも役に立つ、饂飩粉を練つてやゝ硬くしたものも用ひられる。
△其他に木炭を拂ふ鳥の羽根、穗の硬い油繪筆、木炭の尖を細くするためのヤスり紙、並びに畫架があればこれで萬端用意が出來たので、描て仕舞つからの跡始末即ち木炭を紙に定着させるため、フイキサチフと霧吹とは缺くべからざるものである。
△次回には木炭で静物寫生をする順序と方法とをお話しやう。(つゞく)

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