美術談叢 畫家と獨創(抄譯) 

石川欽一郎イシカワキンイチロウ(1871-1945) 作者一覧へ

石川欽一郎
『みづゑ』第四十九
明治42年4月3日

 畫家と獨創(抄譯)畫家が自分一己の考案を以て自然を觀察して作れる畫には自から妙味其中に有るものなれども。一流一派の傳法な墨守し。自分の感興よりも先づ從來の畫法に拘束されて畫ける畫には。何程の技量が其中にあらんとも一向に面白味のなきものなり。
 去れば我考へを以て鋭敏に自然を見たる其通りを巧みに筆に現はさんと苦心する畫家は。國の爲め美術上に何物か貢献する處なくして止まんや。若し手腕の妙が其熱誠に伴ふに於ては遠く世界に其感化を及ぽすに至るべし。よし斯かる畫家にて超世の天才たる能はずとするも。尚且つ他より重要視せらるべきや疑ひなし。其獨創力は他を感激して人にも自家獨創の勇氣か興さしむるものなり。
 之に反し古法墨守家ば美術上に益する處なし。徒らに前人の足跡に隨ふのみにて自家の獨創なく。後世の範ともならず。古法に對し別段新らしき觀察をも下さず。其見識は偏狹無智にして。只姑息なる形式的の慣法をのみ奉ずる故進歩なく氣力なし。要するに美術を凡て死物視して。自由勝手の考案行動を全く容れざる古法によりてのみ一に之を律せんとす。大なる謬見ならずや。
 此の如きは好き指導に依らば優に一家の新案創意をも起し得る後進者を誤る猶其上に。偶々自分こそ古法の服從者にて迚も人を統率すべき資格なきに。尚ほ他か率ゐて己に從はしめんとはするものなり。
 然らば先づ如何なる畫家が最も注意を價すべきやと云ふに。蓋し古人の行程以外に別に自家の新生面を開き。併かもそれと共に我獨創の正鴻を誤らざる者之れなり。眞の獨創なき畫家は。人の意表に出づる如き事が爲すを以て幾分我名を賣るの手段なりと考へ。其爲め此種の畫家の獨創は往々常軌を逸して。單に一時感興の發作に過ぎざるやの觀あらしむ。此の如きは。正道を蹈んでは迚ても成功の見込なければ何か變つた事を爲して名を擧げんと云ふ我弱點を自白する藪蛇たるに外ならずと雖も。常に耐忍力なく併かも野心多き輩の慣用手段とはなるものなるが。眞の獨創ある畫家は元とより眞面目にして。中々公衆の歡心を得んが爲めに我技を弄ぶが如き愚を爲さず。其獨創には毫も故意とらしき處なく。又た贋手腕を以て觀者を瞞着する自家の廣告材料とも爲すを欲せざるなり。
 獨創畫家は性來正確に物を觀察するの能力あり。去れば我が考案を克く人に分からしむる爲め又は克く引立たしむる爲めに別に方法がましき手段を借るの要なし。既に其觀察力の正確なるこそ作品に威嚴と價直とを與ふる所以にして。精を極め妙を呈する根源茲に存す。之れ畫家が當然世の賞賛を拍すべき眞膸たるべしと雖も。此の心懸けある畫家は不幸にして甚だ稀なりと云ふは。斯かる遣り方にては自分の存命中に觀迎せられんこと覺束なければなり。實際正道なることは自覺するも。之が爲めに我一身を堵する程の勇氣ある畫家は先づ皆無にして。稀には正しき考案觀察を有すろ畫家ありとも。周圍の事情等より邪道とは知りながらも世間流行の畫風を追ふに至るもの比々皆然り。
 此故に性來正しき觀察力ある畫家にして。益々之を啓發せんがため研究を積み。苟も惡感化を蒙らざらんと苦心するものは。之大美術家の心懸けと云ふべく。我主義の爲には幾多の犠牲をも辭せず。目前の名利に汲々たる野心を排し。幾度失望落膽するも意とせず。不撓の精神を以て我誠意のある處を世に知らしめんとす。誠に名を後世に傳ふるに足れり。他の畫家は虚偽怠慢不熱心を以てしても着々成功するに。我は困苦艱難の生涯に甘んぜざる可からず。併も之は獨創自啓に依る畫家の元より覺悟すべき處なりと雖も。斯く困難辛苦の結果は如何。他の流行畫家の碌々たる作品は早く世に忘られんとするに當り。濁り萬世に不朽なる何物かを世に留むべきなり。

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