圖按法概要[七]圖按の組織と資料

比奈地畔川ヒナチハンセン 作者一覧へ

比奈地畔川
『みづゑ』第五十一
明治42年6月3日

 圖按の組織と云ふことを最も簡單に云ふと、形状と模樣と色彩とである。塲合によると形状と模樣のみのものと、模樣と色彩のみのものと、又其三者の一を以て足りることもある、如何に煩雜な圖按でも以上の一定した順序が立つのである。
 第一に形状を案出して一器物の形體を定める、第二にそれに模樣亦は繪畫を施す、第三にそれ等に色彩を配合する。形状に模樣或は色彩を施すことは益々其圖按を完美ならしめん爲である。
 即ち、この形状の組立、畫模樣の配置、色彩の調和が三者相待つて統一しなくてはならない、此三者の一が欠けても完美な圖按とは云へない。
 形状のことは殆んと千差萬別である、故に其樣式を悉く掲けるといふことは困難である、殊に煩雜な種類に至つては樣々な變化がある、或は用途上の結果から自然形状に及ぼす場合も多々ある、孰れ形體の部に詳説する。
 模樣のことはこれも模樣の部に詳説するけれども、其原理からいふと、或は天然に基き、或は幾何學に基き若くは同時に此兩者の併用せらるゝのである、時に故實傳説又は詩歌などが繪模樣となり文字となりて應用せらるゝ場合もある。
 更らに之を表に於て示すと。
 一、 幾何學より來るもの、即線の應用及面の分割。
 二、 天然物より其形状を捕促し或は寫生的に或は寫意的に繪模樣を作る、これは動植物より來るものが 最も多い、天然物より模樣化するといふことが圖按に於ける緊要なる一手段である。
 三、 古來の圖按及模樣に關する法則及斟酌或は故實等の應用。
 である。
 幾何は粧飾の基礎標準であると云ふてもよい、隨分古代から應用せられ、發達せられて居たのである、これに全く他の力(繪畫)を藉ることなくして圖畫を構成することが出來るからである、これにはアラビヤ式、モール式希臘式、メキシコ式、メロヴァレジヤン式等多種類がある。
 天然の中から模樣を構成することは、實に植物を以て唯一の資料とせられて居る、豊麗艶美にして其甚大なる種類と、變化ある姿態と、屈曲自在なる性質と、野趣雅趣ある特徴とは、實に圖按の模樣として、古往今來如何なる邦國に於ても應用せられないことはないのである。實に植物は其形、其幹、其葉、其花、其果實等は之を分離して一部分とするも之を綜合して配置するも、粧飾模樣として最も豊富なる最も華麗なるものを作ることが出來る、故に植物は模樣の資料の一要素であると言ふことが出來る。
 又之を看取する方法としては、單に輪廓を以てし、或は彩色を施す外觀を以てし、或に其全部を以てし、若くは一小部分を以てし、又は種々多樣なる相互の對照分布配合などを以てせらる、兎に角植物は粧飾に應用する上に於て總ての要素であり、然く粧飾の體式を備ふる主効を有して居るのであるから、よく一植物に於ける構造の研究や特徴を見極めることが必要である、圖按を學ばんとするものは、植物の採集(押葉などは已に其儘模樣となつて居ることがある)などは大ゐにやつたがいゝと思ふ、昆虫の採集も同樣である。色彩のことは到底二三の筆紙の盡すところでない、色彩の原理や應用や調和などゝといふことは別に色彩學として著作がたくさんある故それ等を見るのも一助とならう。
 要するに、圖按の模樣として資料を有することの豊富と否とは、圖按を構成する上に於て巧拙新陳に係り從つて圖按の價値にも關することであるから、資料の如何は最も多く注意を拂はなくてはならない。
 兎に角、植物のみには限らない、汲めども汲めども盡きない自然の泉、否汲む程滾々として新しい奇しいもの、愈々出てくる自然から、斬新愉快なものを得なくてはならない。
 今試みに自然より來る處の資料の二三の掲けてみる、
 一、 植物(一般の草木及果實、野菜の類、殊に花卉)
 二、 動物(獣類、鳥類、蟲類、魚介類、殊に昆虫)
 三、天文地理(日、月、星、雲、虹、雨、山、谷、瀧、河、湖、海、磯、森、畑、村、市、城閣、等)
 四、 財貨(武器、農具、工具、機具、漁猛具、舟、車、外具、調度、樂器、衣服、玩具等)
 五、 人事(老幼、男女、或は總ての階級、及び動作、姿勢、或は人體の一部分、殊に婦人或は古代の服装等)
 六、 宗教(神佛及其偶像、又は妖怪の類等)
 到底掲げ來ると際限はない。兎に角多種類の中から意匠を考へ模樣を案出し、又普通の材料からも新奇なるものを案出する工夫も必要である。
 元來圖按は多く人の快樂を表象し、美的嗜奸に投合するといふみな與味を以て主となすもの故、斬新な豊富な資料から看者の快感を呼び起し、一見して直ちに圖按を要求する念を起さしむる迄留意しなくてはならない。
 然し、特に茲に云ふべきことは、模樣を作る場合に、寫生と寫意との筆致の混同しないやうにすることゝ、時代に於ける筆致上の變化を亂用混同しないことである。今一つは、意匠の理窟に陥り易いことを注意することてある、鄙俗な考から意匠の穿鑿が過ぎて、惡落のした月並的のものが出來る故よくこれは考て置かなくてはならない、それは組立の上にも配合の上にもあることである。
 尚、資料の豊富を期する爲、普通に知らなくてはならないのは、 東西歴史、傳記、逸事、故事、傳説、詩歌、有職故實、花言葉、縁語、等である、其内一般の儀式禮式或は有職故實などには、別に約束されたる一定の形状色彩個數などがあるもの故、一通りは知り置く必要がある、(禁轉載)

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