水彩畫の筆(その三)


『みづゑ』第五十一
明治42年6月3日

 新しい筆は、尖先が細くつて使ひくにいといふて、筆の穗先を焼いたり、砥石で磨つたり、小刀で切つたりするが、ドーモ旨くゆかぬものである、これは自然に磨り切れるのを待つ方がよい、平に一面に塗る時などは新しい筆の方がよい、尖のない筆では往々ムラが出來る。
 短時間のスケツチには油繪筆が大に役に立つ、少し毛の強い穗の長い四號か五號位ひのがよい、水を含むことが少いが、紙をいくらか磨するため、繪具が紙の地へ深く泌み込んで、洗つて畫いたのと同じ感じが出る、空に齪亂れた雲、遠景の山や森、柳や松のやうな樹の葉、茂れる草原など畫くには大に都合のよいものである。
 序に曰ふが、筆を二本宛手に持つて繪を描く人がある、勝手ではあるが、一本で間に合ふもので、水彩畫ではボカシ筆の必要はない、そして寫生はなるべく早く畫き上げるのがよいのであるから、道具は簡單にま濟せる習慣をつけて置く方がよい。(完)
  筆
 水彩畫は多く紙質の硬くして厚きものに描くのであるから、毛の柔らかな筆は不良である。彈力のある強き毛で製したものならば、日本製の水筆でも差支無い。併し、近來は別に水彩畫用筆なるものが出來てゐる故、それを用ひるのが安心である。尤も、水彩畫用筆とても、毛の試驗をして、柔らかい毛のものは避けるがよい。で、筆は通常大中小の三本があれば足りるのであるが、又空のやうな廣い部分を塗り、又は一度描いたものを洗つて描く場合には、畫刷毛が必要である。(丸山晩霞氏著『女性と趣味』)

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