植物[上]
夢鴎生
『みづゑ』第五十一
明治42年6月3日
○自然が示す通り幹より枝、終りに葉といふ順序によつて植物の研究をして見やう。
○こゝに樹木といふは風景畫に主要なる欧洲普通の木を指すので、即ち樫、楡、★、榛、柳、樺、山毛欅、白楊、胡桃、松、桑、橄欖、枸骨木等である。それ等の樹木について研究すれば一般樹木固有の法則を發見することが出來やう。
○樹の枝は先へゆく程細く尖るものであるが、これは枝から小さく分岐するがためで、枝が分れなければ細くならぬ。
○幹が枝を生し、枝が小枝を、小枝が芽を生ずる時は、幹や枝は自分から分岐した枝條のために、普通はその太さを滅ずる、(併しある特別の事情のために減ずるよりも却て増すこともある)樹の幹の太さは、凡ての枝をまとめた太さと同一である。
○葉の下に小枝條があつて、幹から養分をとつて太つてゆくが、やがて落ちて仕舞ふ、其落ちた痕跡が小さな瘤となつて認められる、これが微かなものであるが樹木に雅致を添える、そのやうな現象は枝にもある、凡ての木は自身が保持することの出來ぬ程の分枝を出すのが普通で、莖が成長してゆけば着液の循環を妨げるから、附着してゐる小枝は影響をうけて枯れて落ちる。
○ターナーに次いで樹木を描く大家ハルデング氏の『大松樹』の畫を見ると、地上から九呎乃至十呎間は幹の太さが毛髪一本程も細くはなつてゐない、併し一つの枝が岐れるや直ちに其幹が細くなつてゐる。
○枝の末端は何時でも無數の小枝條に分岐されるものであるが、この小枝條を一纒めにすると元の枝の太さに成るべき筈である。
○一本の枝が二つに分れると、其二つの枝の各々の直徑は元の枝の三分の二であるから、二條の枝の和は元の一本の枝よりも四分の一だけ大きくなる、隨つて養分を要することが前よりも四分の一だけ多くなる。若しその中の一本が枯れるか切られるかすると、殘つた一方の枝が太くなつて來る。
○樹枝の梢端に近づくに從ひ小枝が亂雜に分岐する、枝が少さくなればなる程細かい枝が出て、錯雜し紛亂した塊に見える、それが冬などでは牧草かと紛ぎれることがある、さればこれ等を明瞭に描き現はすことは不可能で、僅かに混亂した線で表示するよりほかに手段がない、且その細枝は四方八方に向つて生ずるから、或者は近く他は遠く、從つて明らかに見えるもの、朧ろげのもの種々樣々で、距離の遠近が微細な階段で示されてあるから、描寫には一層困難である。