寄書 日本水彩畫會研究所長野支部月次會報告

支部幹事
『みづゑ』第五十二
明治42年7月3日

 去五月中旬發會式を擧行いたし候當支部は今月第一日曜日(六日)を以て第一回の月次會を當地師範學校にて開催仕候、時は初夏新緑滴るが如き侯、會員一同先月來思ひ々々に自己の得意なる點に向つて研究を重ね居り候事に候へば、當日午前九時より續々來會、會員殆ど全部出席相成候。作品の集れるもの八十餘點長野附近の勝景を悉く一室の中に集めたるの觀有之候。午前十時幹事より會務の報告、夏季講習會等の件につき報告あり終て出品繪畫につき互評會を催し候兎角斯る會にては他人の出品畫につきては遠慮のみ致居り十分なる批評を加へざるが例に御座候かゝる風は相互の研究上却てよろこばしからざる義に候へば本會にては其弊風を去り思ふ存分忠告も惡口もなす積りにて當日の批評の如きも實に盛なるものに有之候。「君の繪は光線の方向が間違つて居る、此畫き方ではお日樣が二つあるとしか思へぬ」「此繪は色が非常に生だこれを見た感じはまるで地獄極樂の繪を見る樣だ」「此繪はまるで色が腐つて居る」などの批評は隨分喝采を得申候、しかし決して惡口のみでは無之中には「君の繪は確に專門家を凌ぐの概がある、實に感服の外ない」とか「君は急に手を上げた僕等も大に奮發せんければならぬ」などいふ虚偽ならぬ賛辭も出で中候、批評のみにて殆ど二時間を費し實に趣味ある集會に有之一點の俗氣もなく、野心もなく當日の會場には定めし美の女神が降臨せられつゝありしことゝ信じ申候、右報告候通り當地の洋畫界は至て幼稚には候へども十分の勇氣と希望とを以て活躍いたし居候間御安意致下度候右大要のみ御報告に及び候也
  明治四十二年六月 支部幹事

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