寄書 余に慰藉を與へたる模様畫本

緑葉
『みづゑ』第五十二
明治42年7月3日

 余に慰籍を與へた模樣畫本とは余の附した假名で决して新機の発明品でも何んでもない、たゞ玩弄物として、世に有りふれた無邪氣なる遊戯的一の目鏡に過ぎない。まだ頑是ない入校前の時分は、彼を最も愉快なる物として樂んでいたのであつた。其以後は忘れてゐたが、鉛筆畫を書いて居たのが初めて其れに彩色を施して模樣畫を學ぶ樣になつたので、意外にも昔の無邪氣なる遊戯的玩弄物の彼を新らしい記憶によび起したのである。其れと云ふのも彼はよく樣々の模樣を現はすから或は參考の資ともなろうかと思ふたのが果して余の想像通りであつた。其拵方は此に記する迄もないが先づ巾二寸縦八寸程のガラスの細長い板を一牧を、各々縦の切口と切口とを合して三測面を有せる角★を作り、其外面をば黒き紙を以て覆ひ一方の口には白色の薄き紙を張ればこの器械は出來上つたのである。其が出來たら今度は其中に、細かき色々の紙切なり花辨なり、自分の思ふがまゝの物品を入れ(但し一度にあまり多數を入れざるを可とす)手を以て其をふり中を覗く時は、其度毎に千差萬化種々樣々の彩色を有せる美麗なる模樣が現はれる。この器械によれば、我々初學者の最も辛苦した形のとりよう色の塗り樣など座ながら彼の自然の模樣を書く事ができるのである。今は彼を模樣畫に於ける活手本とし座右の師とし彼に因つて慰籍ある教訓を與へられてゐる。

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