寄書 スケツチの一時間、命
パレツト
『みづゑ』第五十二
明治42年7月3日
筆を動かし初めたら一切夢我夢中、
三脚が倒れ掛つたので氣がつくと後に人かゐる。ハッと振りむくと同級のK君とT君だ始めて話をする。村の少女が軟かい春の日を被つてる白い手拭一ぱいに浴びて來る。一寸見て行き過ぎる。友も去る。後は一人ぽつち。前の菜の花の間から雲雀がパツと舞ひ上る。汽車に驚かされて・・・・・・影は最う見えぬ。今度は何が來るだらう。
命
「繪ばつかり書いてゐて何うするんだ」と何時でも親父の目玉が光るのだ、と同時に頭も。今日も「一寸先生の所へ行つてくる」と門を出た。
肩には何時の間にかスケツチ箱が掛つてゐる右手はしつかり三脚を握つてゐる。
何處と云ふあてどもなく只無意識にプラプラ歩いてゐる。繪は矢つ張り僕の生命だ。