植物[中]

夢鴎生
『みづゑ』第五十三
明治42年8月3日

○地球上に起つた最強き風力でも、厚さ一吋ある木の枝の生えぎはの角度を變ずる事は出來ない、風如何に強くとも枝は曲がつたなりに、角度も變更せずに、全く自然の儘に曲がるのである。併し部分々々の曲りの率は多少變はる、則ち垂直であつた部が曲がり、曲がつて居た處が一層ひどく曲がる事はある。けれど、幹と枝、枝と小枝との如き二部分の接着してゐる點の角度は、依然舊の如しである。若し、強いて反對の向へ壓へ付けらるゝ如き事あれば、そこの角度が變はる前に裂けてしまふ。
○吾等でも、若い枝ならば其附根の處の角度を變らせることが出來るが、容易ではない。大きな枝では、とてもいかぬ。強い風の吹く日に樹木を見ると、凡ての枝は曲がつて見えるが、併しよく觀察すると、梢の末端か、若い枝の外は、自然の形を失はぬのを認めることが出來る。
○樹木に就いて熟練なる眼は植物學の智識よりも價値がある。勿論畫家にとりて。
○幹の成長するに當つて、上部の方で枝を分出する具合に、熱心に觀察するによつて知らるゝものであつて、學問上で分かるものではない。
○樹木の幹の雄々しき有樣を、精密に描くは、人體研究をした人で無いと出來ぬ業である。樹の性の優和な表現は、それ等の人でも失敗することがある。されど木の曲線と人體の曲線とは同一ではない。併し樹の外形の居る特種の線につきては、機根強く森林の研究をすれば習得することが出來る。
○古人の描いた樹木には往々誤謬があるが、其中に、樹木の成長、年齡を表はす木皮の性質につきての缺點が多い。
○樹皮は決して生命なき外部的のものでない、木の生活、及年齡を表示すべきものである、されば樹枝が岐かれる處の下部は襞が寄るし、又幹を圍りて美しい線が出來る。又木質の成長の方向と緩急に應じて縱に裂目が出來たり。脱落したりする。
○木の葉の著しき牲質は、枝に附いて居る間は何時も多樣な形をして居る事である。或る葉は側面から見えて單に長い線★ほか見えぬ、前面から見た葉は短かく見える、又は葉と葉と重なり合つたりする、葉一片は同し構造であるが、群がると千差萬別の觀を呈する。其の上、葉の陰影が他の葉の上に落ちるから、葉群が尚一層混雜して見える。眼で見ては葉群の周邊の方にある葉片が判然とわかるだけで、他は美しいがこみ入つたものとほか見えぬ。

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