水彩肖像畫法[一]

夢鴎生
『みづゑ』第五十五
明治42年10月3日

 水彩繪具で肖像か畫くことは形を正しく、調子な微妙に、酷似させるといふ上から頗る六かしいものであるが、今から譯出する事項を知つて居れば、初歩のものにとりてに幾分利する所があるであらうと思ふ。
 先、材料から初めるとしやう。
  紙、肖像を描くに用ひる紙は厚地の品が宜しい、そして適度の粗面であるが良い、薄過ぎると改竄するときの護謨の使用に堪へない、叉紙面が滑かであると彩料の乗りが旨く行かぬ、粗面であり過ぎると肉の面を美しく示すに困難である。
 畫家の多くが使用する紙は、ワツトマンのエキストラ、ダブル、エレフハント號であつて、四十吋に二十六吋の大きさである。これは彩料も良く受けるし、肖像の面を示すだけには充分なろ滑かさをも有て居る、紙はこれで良くて、之れを使用するには其の表裏を確かめなければならぬ。それには、紙を明るい方へ擴げて見て、紙に漉き込んである製造所の商標を見れば判かる、即ち左から右へ丈字が讀めればこれが表で、逆丈字に見えたときは其ば裏面なのである。紙を裁たぬ内はこれでも分かるが、切つてから後は紙面の凸凹の具合を見て、表裏を見分けるより外に仕方がない、それだから裁つた時直に表面の方の片隅へ鉛筆で何か目標をつけて置くが宜しい。
 次には紙を貼る事である、普通に板に水貼をするのであるが、人によりては膠で板に貼つたり、叉に布片と釘とで枠張をすることもある、水貼板と枠とでは枠の方が價が廉であるから、一枚毎に枠を新しくして枠張する人もある。
 水貼をするにも、充分、紙に水を含ませるがよい、それには海綿に水を含ませたので紙を輕く摩擦して、後に紙隅を片方へ曲けて見て、その隅が元へ弾ね返へる様では未だ充分に濕ふたとばいへない。それかといふて、余り濕ふい過ぎて紙が裂ける様になつてもまづい。
  彩料、肖像を畫く彩料を二種に區別する、一は筋肉を描く爲に必要のもので、一は其他衣服等を畫くに必要なものである。筋肉を畫くに入用の彩料は次の如し、チヤイニース・ホワイト(ジククホワイト)、インヂアン・エルロー、 ヴエネチアン、叉はライト・レヅド、 ヴエルミリオン、 ピンク・マダー、叉はローズ・マダー、インジァン・レヅド、ブラウン・マダー、 コバルト・ブリユー、バーント・シンナ、 ヴアンダイク・ブラオン、衣服其他背景等を畫かくに要すろ彩料は、既に擧げたものの外に左の數色が必要である。
 ガンポジ、 エルロー・オークル、 セピヤ、レーキ、カーマイン、フレンチ・オルトラマリン、スマルト、インヂゴ、 プルツシアン・ブリユー、

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