圖按法概要[八]圖按の品位と調和(下)

比奈地畔川ヒナチハンセン 作者一覧へ

比奈地畔川
『みづゑ』第五十五
明治42年10月3日

 全體調和と云ふことは不可言のことである、默會す可きものて言観すべきものでない、然し洋服姿に下駄履きでは、一見直ちに如何な素人でも其不調和を認めるであらう、一口に云ふてしもうたら、圖按の不調和もそれに似たものである、一見して一ッの形なり模様なり色彩なりの調和不調和を認識しなくてはならない、約して云へば、調和とは人に快感を輿ふる一の形様色である、尊嚴な品位を保つべきものには尊嚴に、優美なものには優美に、奇異なものには奇異に、材料と用途と嗜好の上にも、此調和といふことは必要なものである、假りに模様の上から云ふても、日常用ふる褥とか手拭とか前掛とか云ふやうなものへ、正倉院の御物の古代紋様を染出したり、天平脛の畫紋を表はしたるものは、甚だ不調和と云はねばならぬ、輕妙、洒脱、華麗、繊細など、みな材料と用途などを深く考へて選ばなくてならない。
 叉配色に付ても二ッの手段がある。
 一、繪畫的と模様的とを問はず實物色を取りて直ちに配色すること一、實物色に?ず、單に任意の色彩を以て模様を表はし調和を得るもののそれである。全體實物に於ける自然の色彩は絶對に調和して居るものである。あらゆる動植鑛物の色彩なり形状なり性質なりは、飽くまで調和されて居るのである。假りに一植物に就ても、一花を取り一葉を取つて見ても、實に妙巧なる調和を得て居るに驚かざるを得ない。圖按家は、今此自然から、直ちに其形状色彩を其儘應用して、一圖按を作ることが出來る、絶對に調和せし自然から、誤まることなくそれを應用した時は、其圖按は適用の度を誤まらない限りに於て、必ず調和したものを得るに相違ない。然し、亦並に、人間の技能は正直な自然の模倣ばかりでは飽き足らない、人間の理想といふものを加味して、無數のあるものを作る、或は自然から脱化したものもあり、自然を全く離れて、成つたものもある、それは藝術家の特技である。叉色彩の上からも、必ず實物色に?ずして作り得るのである(繪畫と相違する點)、假りに一花を取つても赤色の花を必ず赤色に、綠の葉を必ず綠色にする必要はないのてある。實物色に拘泥せざるも、色の變化多様なるものを得ん爲、調和を誤まらさる限りに於て、色彩の配合は任意である。無論繪畫的模様にも、紋様的模様にも應用すべきことである。
 今一ツ圖按には、四季の植物を一物の上に表はしたり、事實に於てあり得べからざる二者以上のものを配合したりるすことが多々ある。これも圖按として面白いものであつたならば、許されて居るのである。
 っまり、古銅器は古銅器らしく、磁陶器は磁陶器らしく、其他漆器は漆器らしく、織物は織物らしく、染物は染物らしい其性質を洞察して、變化ある應用をしたならば、必ず調和されたる圖按を作ることか出來るであらう。
 今調和に付て一二の必要條項を適記すれば一、寫生的な筆意と、想像的な筆意と、離れ?になる不調和(配合の場合により調和することもあり)一、時代により、形状或は筆致等ある變化を混同したる不調和一、正側面の關係、或は組物等の全體に於ける注意を誤りたる不調和一、場合にょり周圍の關係を忘れて製作されたる不調和一、用途上、或は鑑賞上に目的手段を誤りたる不調和一、模様を配合し、或は色彩を配合するに、二者の關係を誤りたる不調和などである。尚細かく云へばいくらもあるであらう。(禁轉載)

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