水彩肖像畫法[二]

夢鴎生
『みづゑ』第五十六 P.9-12
明治42年11月3日

 チヤイニーズホワイト、亜鉛の酸化物から製されたもので、厚味もある、色も變化しない上に使用し易いされど肖像畫用としては澤山使用されない、その使はれるは眼の光點とか、レースの仕上、黄金製の装飾物の仕上、其外の強光部とかであつて、其他の場合は、改竄をする時に用ひるに過ぎない。
 インジアレ、エルロー、輝ける黄金色なれば、衣服を描くに必要である、ホワイトと混ずると強き黄金色を得られる、肉の色を出すにも無くてはならぬ。
 ガンボヂ、稍緑色を帯べる麗しき黄色で、伸びが艮い、そして其内に含んてゐる樹脂分がヴアニスの代用を務あて變色を防いてゐる。
 エルロー、オークル、光る頭髪の固有色に入用で、背景の或部分にも用ひられる。
 バーントシンナ、琥珀色の衣裳の蔭の處に用ひられる、且、背景緑色を作くるにも宜しい、又インヂゴと混和して出來た緑色は、バツクの色として頗る良い、又筋肉の或る調子を表はすにも必要なる彩料である。ヴアンダイク、ブラウン、飽ける透明なる褐色であつて債値多春彩料である。
 この色はレーキと混ずると艮き暖き透明色を作りて、暖かき蔭の彩色に用ひられることが多い。
 セピヤ、ヴアンダイクブラウンよりは稍冷調である、インヂゴと混じては遠距離にある樹木、バツクの蔭の色、白布とか白い衣服とかの蔭に用ひられる、レーキと混ずるとブラウンマダーに酷似した色調が出來る、レーキとインヂゴとを混ずると良い黒色が得られる、この彩料は透明で變色しない。
 ブラウン、マダー、豊富な茶褐色な透明色である、ブリユーと混じては軟かき蔭の色が得られる、この色許りでも赤味を帯びた窓掛とか衣服とかに用ひられるし、又筋肉の最も暗きタツチにも使用される。
 クリムソンレーキ、美しい色であるが變色をする、衣服等に用ひちれ.ることが多い、この色の上にガンボヂて上塗をすると幾分變色を防くことが出來るが、色がスカーレツトとなる。
 カーマイン、深き調を有するクリムソン色である、タツチに用ひて大に効のあるもので、レーキよりも消散することは早い、此彩料を用びる艮法は、その小量を小礫にとり出して、それに、アンモニヤ液か、良き鹿角の小量を注入することである、アンモニヤ液はカーマインを溶解して、殆んと黒色にて仕舞、暫時立つと美しき紅色となる、この色は筋肉の色に大層用ひられる。
 ピンクマダー、マダーから製出される彩料は、植物性彩料中で最優美にして亦永久的のものである。ピンク色の衣服に用ひられると、筋肉の撫子花色の所に用ひられる。
 ローズマダー、前者の濃き色なれば、性質、使用方法は同様である。
 ライトレツド、明快な透明の低き詞子の赤である、ヴエネチアンレツドに似てゐるが、この色の方が稍橙色を帯びて居る。
 ヴエネチアンレツド、用途廣き彩料である、輝はなくとも、明快なる最不變の色である、そして筋肉の大體の色を出すに價値多き彩料である。
 インヂアンレツド、筋肉の蔭を畫くに最も必要なる色である、其儘でも用ひる、又ブリユーを混じて用ひる。
 ヴエルミリオン、ピンクマダーと混じて筋肉の撫子花色を出すに最宜しい。
 コバルト、美しき空色であつて、水繪具中で筋肉の銀色調を出すに最艮き彩料である、青色を作くるにもよく、インヂアンレツドを混じては、筋肉の蔭の色を、作くる。
 スマルト、コバルトから製された深きパープルプリユー色である、青色の蔭を描くに用ひられる。使用し悪い、ウオツシはきかぬ。
 インヂゴ、深き緑がかつた青色である、ウオツシは利く、使用し易いバツクに欠くべからざる彩料であつて、セピヤと混ずると遠方にあつて模糊と見ゆる樹林の褪せた緑色を作くる。
 プルツシアシブリユー、レーキと混ずれば、パープル色の衣服の蔭として用ひられる。
 筆
 肉をかく畫筆は、黒貂毛の小さいよりは寧大きい方の筆が宜しい、そして指で壓して見て能く弾ねかへるのが良い、且尖端が良き程に點にまとまつて居るが艮い、線を畫かくとしても筆端の尖つたのは必要でない、のみならず不利益である、赤毛筆の尖端の摩り切れたものは、此の線畫きに適當して居る。
 筆は、栂指と人さし指とにて持つて、下に中指を添へる、出來る丈筆先より遠い軸端を持つが宜しい、そうすると肘と腕とを自由に働かすことが出來る。
 そして、満分の確乎たるタツチを知得るがよい。
 畫架を川ひるも艮い、必要があれは腕鎭を用ひるもよい、かくするのは畫者が畫きつゝある仕事を見るに都合がよい。
 描法
 頭、肩を含める半身像を畫くには三度モデルに對する必要かある、最初はドローイングに始まつて便宜、肉色の下塗をする、ハツチングやバツクはモデルが居らんでも出來る、第二回目には丸味を付ける爲の顔の蔭とか、頬や、毛髪の色を傳色する、かくして肖像が浮き出して出るのだ。次にモデルから衣服の重もなる皺を見出して、光部、暗部等を大略描き出すのである。
 第三回目の仕事を初めるに先ちて、肉の色を柔らめる、併し上達した上でなければモデルを見ずに想像で肉色を置いてはいけない。
 衣裳はモデルの衣服を借りて畫用人形に着せて、其を見ても仕上げられる。
 第三回目には、重に仕上げて、柔らめる事と、似せることとが目的である、畫用人形は六吋から等均位までの數種が入用である、普通は二十四吋から三十六吋位の獨逸製の品が便利である。
 モデルの位置
 肖像を畫き始むるに先ちて、多方面から被畫者の顔を見て、最恰好良く特徴を表はせる位置を定めるのが大切である、眞正面から見たのが艮い事もあるが、四分の三の横向きの姿勢が多く採用される、之は充分とはいかないが、兎に角顔の側面と全面とを見ることが出來るからである。
 この四分の三の横向きを畫くとしても、被畫者の顔面が最も良く見える爲めに、左向とか、右向とかを擇び定むる注意を忘れてはならぬ、又其外に、鼻の蔭の具合を注意せぬはならない、全くの横向きの顔は、特徴があつて面白いけれど、肯像畫としては多く採用されない、身體に對して頭をどんな風に置くへきかも考慮を要する、頭が一方に、體が他の一方に向つて居る姿は面白い型である、體も頭も同一方向に向いてゐるは態度餘りに簡単である、此等の諸點は、男女の別、年齢の相異、被畫者の性格等に應じて、畫家の考ふべき事であつて、一定することは出來ないのである。
 肖像に手や腕を添えることは、繪の美しさを増すものであるが、其の添へ振が趣が無くてはいけない、それに初心の人はラフアエルが爲した様に、被畫者の両手を畫くが宜しい、左様すれば、片方の手は如何したのであらうなどとの疑問が起ることは無い。

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