ボストンの冬[上]

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

T、O生
『みづゑ』第五十八
明治43年1月3日

 アメリカの冬は、氣候としては最も悪しき時なれど、繪畫を見るには極めてよき時節に候。歐洲諸國は、初夏のころに多くの展覽會ある由なれど、此地にてはいつも冬期に限られ居候。毎年四月過には、富める人の多くは旅行致候故と承り候。
 十二月未には、ドール・リチヤード・アートギヤヲリーにて、JHONLAFARCE外二氏の近作展賢會有之候。LAFA|RGE氏はニユーヨークに住み、寺院のグラスモザイクに長し、現今アメリカ第一との評あり、此會にては水彩畫の小品二十點程ありしも、装飾用の下圖めきて、繪として見るべくやゝ物足らぬ感もあれど、其着色は強烈にして、しかもよく調ひ、大家の作として感すべきものも少なからず候。風畫畫よりは人物を寫せしもの巧みに、申にもフイジー土人を寫せしもの最も注意を惹き申候。
 ボストン・アートクラブに於て只今油繪の展覽會有之候、陳列せられしもの百二十四點、鑑別によつて排されしもの三百餘點の多きに達せし由なれども、なほ及第品にも好ましからぬ繪の多くを見受け申候。此會のコツプレーボール展賢會に比して佳作少なきは、彼はアメリカ西部の畫家を網羅し、これは單にボストン畫家を主とせるによる事と存候。アートクラブは、其資金の内より年々一千弗を支出して塲中の傑作を買上候例なるが、本年は”MAY”と題するMONBRAY氏の繪に六百弗、”BACKOFTHEOLDBARN”と題するRICHARD|SON氏の作に四百弗を支出致候、勿論、これは公示されたる費價にては無之、多少の割引ありし結果と聞及び候、場中に於て此二鮎は、私共の目にも傑出せしものと存ぜし分に御座候。一月九日より十二日間、同じくドール・リチヤード・アートギヤラリーにAETHER.M.HAZRD氏の單獨展覽會有之候、風景及び肖像畫合せて二十四點、格別感服すべきものを見出し不申候。(外遊日記のうちより)

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