問に答ふ
『みづゑ』第五十八
明治43年1月3日
■一水彩用繪具の良好なるものは何がよろしきや二 普通必用なる繪具の名三水彩スケツチ箱十六切位ひのもの定價及發賣所四 晴れたる空の白雲は紙面を白く殘すも差支なきや(小寺敬一)◎一專門家の使用として一番よいと認められてゐるのは英國ニユーマン社の製品その次はニユートン社又はラフエル商會の分で下つては佛國のブランシ會社、英國のローニー社等あり、但し何れの社でも、ある種類のものは使用に耐へ、ある種類のものは變色すべし、上等の繪具といふに分子の細かく延びのよきを云ふ二 風景畫に用ひるものにて必要なるはチヤィニスホワイト、ガンホーヂ、エローオークル、ヴァーミリオン、クリムソンレーキ又はカーマイン、ライトレツド、バアントシーナ、インヂゴ、コバルトブルー、セピアの十色あればよろしく、此他にネプルスエロ葛ー、レモンヱロー又はパーマネントエロー、ガンボーヂの代りにオーレオリン、不透明の黄としてカドミユームエロー、ローズマダー若しくピンクマダー、インヂアンレツド、稀に用あるエメラルドグリーン、フーカスグリーンの二、またはサイプラスグリーン、イタリアンピンク、アントワーブルー、ウルトラマリン等を用意せば充分なり三 二圓三十錢以上四圓迄位ひにして、東京神田表神保町文房堂にあり目録を取よせ見られよ四差支なし、但感じを出すために白を其儘殘してよけれど、實際は白雲といふても多少の色を含み居るものなり■『みつゑ』執筆の諸先生肉筆畫ハガキ判又はワツマン三十六切位ひの分揮毫料何程位に候や、また出來期限及圖柄等を指定することを得べきや(伺度生)◎大よそ金五圓以上、圖柄は出來るだけ望に應すべけれど、期限は一週間以上を要すべし■一 繪畫の根本として木炭畫を充分研究せねばならぬとあるが鉛筆畫にては如何二 初學者に有盆にして且繪畫多き海外雑誌を知りたし三 寫生畫の批評を受くるに、其の繪と被寫物とを比較しなければ確かな事は解り兼ぬると思ふが如何(白領)◎一専門家となるには是非木炭で四五年正則に研究した方がよろしいが、それ迄は鉛筆畫でもよいから、墨繪で形や濃淡を正確に見現はすことを學ぶがよい二『スタヂヲ』が一番よろし、價は一ケ月一回丸善取次にて七十錢なり、他に送料を要すべし三 實物と比較すれば此上もなきことなれど、必ずしも實物と同じか否かを見るのでなく、繪としての良否を標準とするのであつて、評者は多年の經驗と常識に訴へ詳言を下す事故敢て差支なし■本年の文部省美術展覽會洋畫部の畫集發行所及定債を知りたし(ZF生)◎審査員作品集は一冊五十錢送料四錢、受賞品集は未定、以上本郷匠區湯島切通坂上畫報社發行、他に審美書院に於て出品全部の畫集發行されしも賣切との事■一熟色寒色の見分法二綠點紙に用ゆる糊は何がよろしきや、及剥き取る方法三 前號口繪の背面は山にや四アルフレツド、パルソンス氏の現今畫界の位置五 丸山先生千畫會の其後の経過如何六 大下先生外遊は何年頃にして何處にや、御族行談は紙上に掲載は不可能にや(福井、イナカ者)■一 普通見て暖かゝく愉快の感じがするのが暖色にて、寒く淋しく感ずるは寒色、他は中間色なり、暖色は赤若くは黄に屬し、寒色は靑に屬す、何れも感じの上より區別するので、嚴正に分界のある譯でなく、又かくする必要もなし、詳しくは『水彩畫階梯』の附録を見られたし二 何の糊でも固くさへあればよし、糊が力なく軟らかであると紙の縮まるに從ひ縁より離るべし、編者は常に『實用糊』といふのを使用す、次に剥取る時、少しく水にて潤ふし小刀にて削り去らば、白く縁が殘りて體裁よし、模造紙にて縁貼せしものは、静に剥ぜば水を用ひざるも同樣の結果を得べし三雑木山にして紅葉の盛りを過ぎしころなり四 英國にて第二流位ひの處ならんと思ふ五 繼續しつゝあり六 明治三十一年濠洲へ三十五年より六年へかけ米英佛へ、旅行中美術に關せる分は時々本誌に掲出せり、本號『ボストンの冬』の如き其一なり■小生に一週一枚位ひの割で鉛筆畫を研究致居候、何年位ひ墨繪を習ったら一通りになるべく候哉(畫病生)◎其人の天分にもよれど、二三年も繼續したなら形と濃淡との調子は一通り分るべし、但濁習は危險なれば、なるべく敎師に就くか又は時々自分の繪を見て貰ふ人がある方がよい■一 桑田式包装とは如何にすべきか二 會友作品の返送料は郵券にてもよろしきや又一回分の送料は何程にや(高山昇)◎一 あまり厚からぬボール紙の表にカンレー紗を貼り、三つに折り畳みて、中に繪を入れ、一方の表面へ自分の名宛、一方へに會の名宛を記し發逡に便にするなり、詳しくは本誌第四十七に圖入の説明あり、又た本會にて製本師に造らせあれば近日出來上るべし、一個二十錢内外ならん二 差支なじ送料に實費なり即ち自己の方より差出せし時と同額■一 暗き透明色とは何色なりや三四種知りたし二 稽古繪は必ずキレイに畫かなく乏もよろしきや、またキタナキ繪がキレイに畫いたものにまさることありや三 如何なろ初學者にても繪具は上等品を用ひる方よろしきや四 五錢のチユーブはゴマカシものといふ眞に然るか 五寫生の時下漆とは如何なることなりや六社殿の朱の色にて塗りたるものゝ陽部及蔭の色は何を合せてよきや(MENOMOTO生)■一 透明色に屬する繪具の多くは濃くつけると暗くなるものなり、此の問は樹木や水や其他蔭の部分の暗き處に用ふる透明色といふ意ならんか、それならクリムソンレーキ、バアントシーナ、ブラオンマダー、パープルレーキ、ブラオンピンクの類なり、二 故さらにキタナク畫くにも及ばざれと研究の結果畫のキタナイのは差支なからん、別に何れが勝るといふことなし三材料が良ければ愉侠に仕事が出來るといふ利盆あれば、上等品が使用される身分なら其力がよし、これは其人の富に關係あり、繪具の良否など念頭になくたゞ繪さへ畫いてゐればよいといふ樣な熟心家には問題になちぬ四 現に坊間にある五錢のチユーブは舶來と稱するも其實和製にして、佛のブランシ會社の商標を日本にて無斷專領登録したものなり、曾てブランシ曾杜より、自分の商標を日本政府に登録願を出したら、既に他に申請ありて紛らはしいからといふて許されぬ、偽物が本物を退けたのなり、和製なればとて使用に耐へる繪具あれど、五錢の品は何れも標準色に比して濁り、それを使用した畫は光滑なく粉つぼくなる欠點あり、近來益々品質粗悪になりしとの評あり五 下漆とは下塗の事にや、戸外寫生などの時ワツトマンの純白の色に反射をさくる爲め、ある淡色を以て全畫面を塗ることあり、又は空など大部分を平に塗るため、前に一度水にて畫面を潤ふす場合あり、また其時の空氣の色の統一を保つれめ、朝ならクリムソンレーキ畫ならヴァミリオン、夕ならヱローオークルといふやうな繪具で、各部の彩色前に、其時の光線の感じを全畫面に塗ることあり、西洋のある畫家は、ブラオンマダーの如き強き色を以て、空を除き最初に他の部分全體を塗り、後ち着色すときく六其社殿の新古及塗色によりて一樣ならず、實地につき研究を試みれまへ、但しいかに新しくとも、ヴアミリオン其儘なんどといふ揚處は僅少の部分にて、他は間色なれば注意を要す■一 風景畫に理想畫と名づくるものありや二 風景畫に品位或は高尚等の要件あるものにや三燈下にて静物を畫くのと、書問の寫生と、色彩及濃淡の相違は如何(津川清造)◎一 人物畫の如く全然作者の理想を以て畫くといふ事少なけれど、現實を離れて一種の風景畫を成ぜる繪畫は其例に乏しからず、ホイスラーの作のあるものゝ如きはそれなり二それは風景畫に限らず、すべて美術品としてば必要のものにて、これなければ觀者に高き美感の念を起さしむること能はず、近代の風潮は、往々かゝる點を無視すれど、そは堕落といふを憚らず三燈下の寫生は、明暗の度強くなり、從つて蔭影の形正しく見ゆべし、但微細なる濃淡の調子(繪を習ふ上に尤も肝心な)は充分見出しがたし、又た、色彩は其燈光によりて一樣なざられど、燈火にてにすべて多く黄を含むが故、白紙も黄に見ゆべく、却て黄色の部分は其固有の色な失ふべし、明るき白熟瓦斯は畫間と大差なきやうなり■一前號口繪『晩秋』の地平線上は何なるや、そしてあのやうなヤリ方は何といふや二秋の月夜に河水などの白く光りて流れゐる所はいかなる風に描くものにや三 自分の直ぐ前なる草の描法四 ニユートン製上等繪具と佛國製上等の分とは何れが良きや(縁泉生)◎一 前に答あり、別に何の描法といふ名もなし、印刷の工合にてやゝ暗くなりし故樹木の濃淡が不明になりたり二紙の地を残す方がよし、不得止はアトで水でぬらし小刀でとるか巧にホワイトを使用すべし三 あまり足元迄寫すべき者にあらず、少なくも畫面の底線は二間位離れれ方がよし、手近の草といふても、其繪が犬なる廣き景を寫せしものなら、主點に邪魔にならぬやうに調子をよはめザット畫き置く揚合あれど、若し部分寫生であつた時には稍叮★に寫さねばならぬ、大きな葉の形の如きも其大タイは現はす方がよい、但しかゝる場處は常に困難な感ずる者故、凡ての繪の前景はよくマトマリて、主點を害さぬ樣な位置を選む方がよろしい四 ニユートレに比して概して佛國製は分手が粗い、エローオークルの如きは色が悪しく、オレンヂも發色が鈍い■一大下先生の御住所を知りたし二鏡面とは如何なるものですが其價は何程にや三私の持つてゐる朱色は紙へづけるとポツポツが出來て困ります、何故ですか(芳外)◎一小石川區關口駒井町三番地二 何の事か分ちぬが、鏡なら、黒色のものにて輪廓及濃淡の調子を見るために使用さるゝことあり、併し必要品ではない、代價は七圓二十錢より二圓八十錢迄文房堂にあり、簡單なるものは小石川服部坂下日本水彩畫會研究所内M生宛にて依頼すれば、送料洪三十錢程にて得らるべし三多分古くなつたのか粗惡の品であらうがヴアミリオンの性質として水に溶解し易からぬものなり。