寄書 正午前の三十分間

三秋生
『みづゑ』第五十九
明治43年2月3日

 郵便が遅い、いつもよりは時間が經過して居るに、例の通路を偵察す可く坂路をたどつて先組の墓地の丘に★む、白状するが僕等の村は総て百軒内外の細長き一小村だ、何れを見ても山又山其姿勢をいつば恰も馬の脊を擬つて長く走れるもあり、摺鉢を倒にした丁度富士山を模した様の山もある、共に皆紅葉を以て思ひくの晩秋の景を飾つて居る。
 折しも一陳の風さつと袂を拂ふ膚に寒し。
 遙かの往還には人影も稀、無論郵便の來想な影もなし、稍あつて眼は非常に疲勞を覺ゆ、空氣は透明にして風愈凉し遙かの山の端に霞靡いて居る、未だ郵便の影も見えぬ、外でもない僕は、『みづゑ』の到着を待つのみだ、他に何の慰安を求むる事を知らぬ身は、實際僕は『みつゑ』十一號時代からの熱心な間接讀者のつもりである。
 思へば去んぬる六月まで大阪に住居し或る一商店の小僧を勤めて居たが、ふと腦を病み、清野博士のすゝめにより郷里に轉地静養の身となつた。以來は大阪文徳堂書舖より『みづゑ』の回送を約して置いた、丁度、今日あたり其到着するの豫定故、實は斯く待つ次第さ。
 一陳の強風寂を破つて、嶺の松並木を鳴らした、難川の水はサラサラと音を立てゝ流れ、水車はギーカタンを無心に自然の音樂を奏して揺る、向ひの家では、今年十六になるターチヤンが寒む想な風をして洗濯をして居る、前の物干竿には着物が四枚ばかり★々と翻つて、折しも鵡が一聲高くコケツコー。
 一径の往還を隔つて上の、エメラルドグリーンの大根畑に周圍され、中にしよんぼり草葺のさゝやかなる農家一軒、淺黄の手拭を被りし老婆の姿、其セピヤ色の壁、黒く粛然と前に峙立せる櫛の巨木とのコントラスト、實に、一幅の活畫題、遙か彼方の田のほとりには、尋常小學校新築校舎作業中主其エルローオーカーの棟日光に輝く、槌の音、山にこだましてカンカン、下の坂道を鳥打帽を冠て咳拂しつゝ通る男、谿流の堤を、遙かの彼方の山の端を左へ廻りて隠れつ。
 未だ郵便は來らず、呆然と立ちし足は疲れて吾に歸る、トタンに、晩秋の冷風耳朶をかすめた、頭の中では只譯もなく『みづゑ』の内容を想像しつゝ家路へと急いだ。(完)

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