作品の売買について(東京朝日)
『みづゑ』第六十
明治43年3月3日
ランスダウン侯の所藏にかゝるレムブラントの描いた「水車」と云ふ有名な畫が近頃百萬圓で賣れたとかいふ評列があつたので物數奇が眞僞を調べて見たら嘘であつた。然し此畫家の千六百五十八年に描いた自己の肖像が、つい先頃矢張り百萬圓内外の高價でピツバーグで賣買になつた事は慥な事實である。生前には食ふや食はずの畫工の價が、死ぬや否や急に暴騰するのは、本人に取つては無論だが、見物してゐる世間から云つても實に悲しむべきアイロニーである。ミレーが窮乏の裡に世を去るとすぐ、彼の傑作を非常の高價で買ひ取た奴がある。買ふ位なら何故生きてゐるうちに買つてやらないのか。金持は是程冷酷に金を使ひながら、自分では自分の酷薄な事に氣が付かずにゐる。(東京朝日)