水彩畫について(大下藤次郎氏『水彩畫の將来』時事新報)


『みづゑ』第六十
明治43年3月3日

 水彩畫は近來長足の進歩はしたが、油繪に比しては遅れてゐる――その遅れたのは發足點にあつて、日本に入つた洋畫といへば即ち油繪が先であつた、それで洋畫といへば油繪といふ風になつた――繪の稽古には皆佛國へゆく、佛蘭西ては英吉利のやうに水彩は發達してゐない、風景畫よりも人物畫が盛んだ、佛に學んだ人は多く人物畫家になつて仕舞ふ、中村、滿谷、黑田、和田、岡田の諸君のやり方を見れば分る、比較的佛の影響を受けない中川吉田君は風景が主で、全然外國に學ばぬ山本氏など風景畫だ――日本人は自然の風景を愛し、日本畫でも傑作は多く風景にある――水彩畫は風景を畫くに適してゐる、日本人の趣味に適してゐるから將來は必らず發展する、展覧會などて人氣の油繪にゆくは今日では不得止事で、實際作品の上ても劣つてゐやうが、自然の要求はいつ迄も今日の儘ではない、いづれ吾々の時代も來るに極まつてゐると確信して努力してゐる――この確信は一に後進諸君の勉勵如何にある(大下藤次郎氏『水彩畫の將來』時事新報)

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