寄書 冬の朝

鈴木月仙
『みづゑ』第六十 P.18
明治43年3月3日

 先づ、思ふ通りの圖取りが濟んだので、ヤマトを一本點けて、スーと深く吸ひ込みなから、出來た下圖と、對景とを見比べる。
 小川に沿うた小さい藁屋の、やんわりと雪を頂いた具合、其向側からヒョロヒョロと、小川の方に差し延べた梨の木の痩枝の恰好、姉樣被りの中から白い半面を見せて、何か洗物をしてゐた小娘の風姿・・・・
 冬の弱い日射が、漸くほんのりと、氣持よく暖かくなッて來た。白牛の群れのやうに南から北に走ッた連山は、淡いコバルトに霞んで、その南端の奥に高く群山を睥睨してゐる××山の頂は、ポーと深碧の空に消え入ッてゐる小娘は頓て洗物な兩手に下げて、何も知らずに家に返ッてゆく。鍋だか釜だか、ピカリと日光に反映した。ふくやかな手の甲は、冷たく眞紅になッてゐうだらう。メレンスか何かの紅い帯、紅い★、その愛らしい後姿、何となく懐かしい心を唆つッた。
 つい先刻から梨の木に來て、小娘の顔をでも窺き込むやうに、小さい首をクリクリさてゐた鳥に、スイーと悠く飛んで、下方の小川に臨んだ白楊の木に移ツた。

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