寄書 寫生

TR
『みづゑ』第六十 P.21-22
明治43年3月3日

 私は今同窓のMさんと目白の田舎道を歩ひて居るのだ、深く喰ひ込んだ車の跡にそふて行くと、一丁程で冬枯のした雜木林の方に行く、車の跡に雜木林の横から曲つて遠く下る阪道に續く、阪道の下に刈り取られた畠に續ひて遠く早稻田の方迄白く長く一線になつて居る、道の兩側には秋から未だ其生命をつないで居るイヂケタ短い草が、葉の上に白くほこりをのせて、百性の荷車から落ちた藁の間に、其青黑い短平な葉を見せて居る、二人は此道に別れて畔道にそつて土手の下へ出た、土手の下には汽車の窓から、ほうり出された辨當のからが、其葢と一間程離れて、土手の中途にある切株にひつかかつて居る、二人は土手の前の細徑に畫架を立てた、時々電車や汽車が頭の上を氣味の惡ひ音を立てながら通る、其度びに二人の頭は期せずして土手の上な見る、澄んだ中にも多少の薄黑みを混ぜた冬の空に、雜木林の上からズーット頭の上迄限り無く續ひて居る。
 「好ひ天氣だね」不意にMさんが口を切る、畫面の半ばは、もう仕上げられてある、「うん」私は無意識に返事をしながら筆をどしどし運ばせる、其間に雜木林の上に當つた空の色はヴエルミリオンを、ふくんでくる、と、思ふ間に頭の上の方もだんだん地平線の處から薄暗くなつて來る、今まで忘れて居た寒さが急におそつてくる。
 五分の後には二人は鐵道の踏切を越えて學習院の前を通つた、窓と云ふ窓にはもう電燈の光が、パツとなつかしく、輝ひて居る。 (完)

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