問に答ふ


『みづゑ』第六十
明治43年3月3日

■一 木の蔭等の暗き處より透きて見ゆう空は他と同じ濃さにては結果面白からず、他よりも濃く畫いて差支なきや。二雨天の道路の光りは畫くと雪の如く見え候如何にしてよきや。三 遠近の調子は實際見ゆるよりも甚しく描き出して宜敷や、色にも遠近をつけて差支なきや(常陸の人)◎一 暗き處に明るき空は甚しく調子が強くなる故、通例他の空色よりも濃くするものなり、自然物は大にして且微細なる調子を保つ故あまり目立たねど、一小紙面にてにては多少の工風が要るべし。二 水の光りの白きと雪の白きとの區別さへ見破ればよきなり、水には光りてゐても建物や人物の色ある影が映ずべく、雪には日光にょりて僅かに一色の影を見るのみなり。三 稽古繪としては實際見ゆる通りに畫くべきものなれど、其見ゆるといふことが、遠くにある木の葉一つ一つといふ風ではない、また左樣にすると、前景のものは葉の中の繊緯迄も畫かねばならぬ、見ゆる通りといふのは、前景中景遠景すべて調子の合ふといふのが程度である、それ故、前のものを細かく正しく強く描いたら、遠景とて相應に詳細に寫してもよく、前のものがさまでなくは、遠景は色も調子も弱くするといふ風に、其寫すべき景色にもより、また時間にもよる、スタデーの場合はなるべく遠景だからとて省略せず畫いた方がよし、要するに、先輩大家の作によつて、自から其程度を悟るべきて、故らに自分の考で、遠近を甚しくつけるはよくないと思ふ。■一 『みづゑ』五十七『晩秋』に使用されし繪具の名及描法順序を詳しく知りたし。二 寫眞版として挿入すべき水彩畫は、自分にて複寫せし寫眞印畫を送りてよきや(T、S生)◎一手本にするために畫いたのでないから、順序も色彩も其時の筆任せで一定してゐない、從つて説明の致やうもないが、若しこのやうな處を寫生するに、ドンナ順序でやつたらよいかとなれば、まづ形を取つてから、其時の空氣の色光線を見て畫面全體なワツシする(この場合にヴアミリオンと少量のエローオークル)、次に中景主要部の紅葉の着色、背景雜木山、中景の堤、前景水中、河原といふやうに、一通り其時見えた色を配り、順次それを濃くして調子を合せてかく、そして一部分から仕上げずに、萬遍なく描いてゆき、最後のタツチを入れるのである。所要の繪具に、箱にある總てが用ひられてある、背景の色はヴァミリオン、レモンエロー、コバルト、インヂアンレツドの類が多分に、中景の紅葉はオーレオリン、オレンヂ、インヂゴー、コバルト、ライトレツド、プラオンマダーの類、松や機の木はエローオークル、インヂゴの類、水面の影にバアントシーナ、イタリアンピンク、インヂゴーといふ風で、其他二三の繪具が用ひられてある。二 差支なし、但し採否は拜見の上。■一 擦筆畫に使用する良好の紙は何がよきや。二 擦筆畫を留めるのは如何にしてよろしきや。(NT生)◎一 使用の目的によつて異なれり、キレイな結果を得んとならケントなどよからん、純白なるはワツトマンなり、普通はやゝ厚き畫學紙、面白い結果の出るのは木炭紙なり、ある人は日本の奉書紙へ畫き一種の趣味あるものを得なりといふ。二フイキサチフ若くは牛乳に水をわりて吹きてもよろし。■一 寫眞を見て畫くは害ありや。二木炭にて輪廓だけを稽古しても差支なきや(一汀生)◎一 益なし、寫眞を見て自分の思ふ色なつけ、人物なり風景なり描くのは、想像力を助長する益あるやうに考へ、昔しは態々やらせたものなり、併し自分の研究の充分出來てゐる人は兎も角、然らざる人達は、かゝる暇あらば靜物寫生でも爲す方が力がついてよし。二差支なし、但し正確にやり給へ、コノ位ひの處をと捨てゝ置く癖がつくと、漸く横着になつて眞の形や調子が見えぬやうになる。■七月紀念號のために頒布になる大下先生の水彩畫にあまりに廉價に思はる、『繪としては』云々との御斷りがきあれど、ドノ位ひの程度のものにや、先生が『みづゑ』のために御盡力下さるのであるから、吾々は繪など頂戴しなくてもよいのなれど、右一鷹御伺ひ致したし(山形K生)◎多年持合せの繪を(素人好のするものでにない)『みづゑ』のために提供さるゝので、繪として滿足でない云々は謙辭に過ぎぬであらう、額面として差支なく、决して出來損じや半成のものでにない。■『みづゑ』昨年頃掲載の榕村主人の『色彩の對照』といふものは書冊として販賣し居るや(TISRW生)◎飜課なり、原書只今手許になく一切不明。■一 吾々如き地方のものが日本水彩畫會へ入會せば如何なる利益ありや。二 英ニユトン學生用繪具は文房堂にて賣るや、其價は如何。三 繪具の使用に何種類が一番よきや。四 繪を描いて繪具の端の方にたまるを防ぐ法、廣い部分を塗るにムラの出來ぬやうにする法。五紙製畫板にても水貼を爲し得へきや、又れ畫板と枠と何れがよきや、枠の使用法は如何。六 ワツトマン十六切位の寫生にても畫架は携帯する方がよきや。七枠付スケツチ畫嚢と、普通畫嚢に畫板とを求むるの可否。十 『最新水彩畫法』と『水彩畫手引』とは何れが初學に適するや(南海)◎一 日本水彩畫會は會員として入會を許さず、會友のことなら規定を一覽あれ二 文房堂になし、京都二條寺町森親子商會にあり、一色七錢均一、三チユープ入が一番便利。四 溜つたら水氣を去つた筆で吸取るもよく、紙でとるもよし、初めから溜らぬやうに塗ることも出來る。廣い處は初めに清水で一度全體を塗つて、それが充分に乾き切らぬうちに、上部から繪具を澤山つけて、太い筆で注意して畫いてゆけばムラが出來ぬ、このやうな事は經驗を積むと自然に覺える。五 水貼差支なし、急ぎの時、又は一枚だけ寫生の時はは枠は便利なれど概して畫板の方がよく貼れる、又た枠は裏板より稍大きな紙を水でよく濕し、裏板の上へ載せて、枠で押し四隅を止めるなり。六 在つた方がよけれど無くとも畫ける。七 これは鉛筆畫にのみ用ひられる、水彩を描くなら畫板を買ふ方がよく、スケツチに一番便利なるは寫生箱なり八 何れも初學に適すれど、前者の方がやゝ高い程度迄読明がしてある。■一 アマチユアーとは何二 地方講習生に送らるゝ臨本は印刷物に描法があるのにや。三 臨本は月に何枚送つて貰へるのにや。四 講義は印刷にて送らるゝにや(京都畫狂生)◎一 好事家といふこと素人畫家。二 然り時として肉筆臨本を送る。三制限なし。四説明を爲すのみ講話は『みづゑ』による。尚々當時丸山先生渡歐の準備中にて、地方講習生の事務は自然行届かざるべく、此機會に講習生諸君に御含みを願ひ置く。■一 池など寫すに水澄みて底の砂石及水草の明からに見ゆる時、見ゆるまゝに寫すべきものにや。二 新しきパレツト水を弾きて困る如何にしてよきや。三寒氣強く水凍りて戸外寫生の出來ぬ場合、色鉛筆にて寫生し、室内にて水彩に直してもよきや(藻峰生)◎一 見えた通り寫すのなれど、かゝる場處は眞にムヅカシク、專門家すら難しとする處なり、ムヅカシイものを寫生するのも稽古なれど、他にイクラも材料あるべく、また位置のとり樣によつて、かゝる場處を前景とせずとも繪が出來るのであるから避けた方がよい、そして他の方面で研究が積んで後、徐々に手をつけたらよろしからん。二灰をつけて磨いてごらんなさい。三パステルなら兎に角、色鉛筆ではトテモ自然の感じが出ない、それを水彩に直した處で何の益もないが格別害にもなるまい■日本水彩畫會の支部となるには如何なる手續を要するや。(忠地英雄)◎支部には二樣あり、一は横濱安中の如く、本部より毎月講師出張指導するもの、他は長野京都の如く年一二回講師の出張を受くるものにて、後者は會員十名以上を有し、毎月集會研究し、一年一回以上東京より講師の出張を受くるため、旅費宿泊費等の支辨の出來るものは、本部の承認を得て支部となることを得べし、而して其旅費の集金法は、一例を擧ぐれば、普通會員十五名として一人一ヶ年金壹圓廿錢の會費を出さしめ、毎月集會の實費な一年三圓位ひにて濟ませ、殘額拾五圓を以て族費に充るといふ樣の仕組なり、但講師は適當の時季をはかり無報酬にて出張すべし。■一 肉筆繪ハがキ交換に有盆なりや否。二 『みづゑ』水彩畫の寫眞版は益なしと思ふが如何。三 大なる作品の批評を受くる時巻きて送りてもよきや。四 墨繪修業中なれど着色畫も學んで害なきや。(白嶺)◎一 趣昧の問題ならん、利害を言ふ程のことてはなからん二 搆圖及び調子を見る上に利益あり、不出來の石版畫などよりも大なる利盆あり、寫眞版はまた一種の墨繪と見ることも得べし、すべて繪を見てそれより利益をうけ又は害を受くるは、其人の注意如何にあり。三 差支なし。四 差支なし但平生墨繪によつて覺えたる處を應用すべし、即ち色ばかり見ずに、調子をよく見て、物のマルミや距離等を現はすことにつとむべし。■一 寫生用ブルーズの發賣所及定價。二 本年の夏期講習會は何處にて開かるゝにや。三 丸山先生外遊は何月頃にや。四 パステル畫の描法を詳しく知しりたし。五 パステルの色の出合はぬ時の合せ方(本郷KK生)◎一別に一定の賣店あることをきかず、洋服屋に注文すれば出來る、代價は地質によりて一樣ならず。二 本會主催者となりては當分爲さぬ筈なり、但し廣島有志に於て開催すべき相談あれど只今の處未定三 十一月の豫定なりときく。四五此欄にてはトテモ説明しがたし、京都森親子商會にパステル案内書ありしと覺ゆ、パステルの事は他日本誌講話欄にて説明すべし。■大阪市内又は其附近にて洋畫を教ふる處ありや(平岡勇之助)◎東區糸屋町二丁目骨屋町角に松原三五郎氏の家塾天彩畫塾あり、他は知らず■丸山先生の『水彩畫講義録』は今猶發行し居るにや(菅野三郎)◎書店の都合上二號限り休刊。■一 ニュートン製の鉛筆BB及びフラクパーンのスタデオペーパーの販賣所を知りたし。二寫眞撮影は繪畫初學者に如何なる利害ありや。三 雜誌『スタデオ』はドノ位ひの語學の力にて讀み得べきや(津州清平)◎一 日本に販賣所あるを知らず、讀者諸君のうち御存知の方は御知らせ下さい。二 格別の利害なし。三 全部を讀破するには種々なる術語ありて困難ならんも、一通り了解するには、中學卒業程度位と思ふ■水彩畫の初歩を學ぶに挿繪多き書物、並びに臨本のよきものを知りたし(福岡白羊)◎内外出版協會發行大下氏著『水彩畫階梯』精美堂發行三宅氏『水彩畫手引』、同所發行丸山氏『女性と趣味』、同所發行石川大下丸山氏等共著『最新水彩畫法』等あり、『女性と趣味』及『水彩畫手引』は挿繪多し、『水彩畫階梯』には色見本あり、次に臨本は一時諸方より出版されしも只今は殆と影を止めず、大下氏筆『水彩風景畫帖』第一に本會にあり袋なしにて一部二枚一組送料共金參拾錢

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