圖按法概要[十一] 第二章 模様
比奈地畔川ヒナチハンセン 作者一覧へ
比奈地畔川
『みづゑ』第六十一
明治43年4月3日
イ模様配置上の分類
模様を配置せんとする場合に、其圖按が平面的なもの(例えは織物とか染物とか壁紙とかの如き)でも、立體的なもの(例えば磁器陶器の如きもの)でも、其模様の種類は三種の配付式に過ぎない。
一寫實的模様
二幾何學的模様
三以上の二種の併用されたるもの
寫實的模様と云ふても、無論模様化したるものも含まれて居る、寧ろ繪畫的模様と云ふてもよい。幾何學的模様とは、點と線との結合によつて作られたる(自然物を寫すことなくして)模様である、又或る場合には、自然物を模様化し、更らに模様化して、殆んど幾何學的模様に接近したものも多々ある、これ等は両者の何れの部に屬するとも云はれない、即中間模様である。幾何學的模様は、古來から西欧には特に發達して居るので、我が國などは、寧ろ繪畫的の模様に秀てたものが多い。
此の繪畫的模様と幾何學的模様を配付したものは、磁陶器などに常に應用されて居るので、上部と下部に、連續的に幾何學的模檬を配し、中間に繪畫的模様を配するのである。
ロ模様を習得する方法
これは一器物に付て配付する模様か搆成せんとする場合に、如何なる方法によらんかの手段である。
一自然物或は人工物に限らず、それ等の物を寫し得て、擅まゝなる自己の着想により或る模様を考按作出する方法
二古來より行はれ居る模様を基礎とし、更らに變化ある模様を加味案出する方法
此二手段であつて、何れに組みするとも模様として面白いものが出來ればよいのであるが、あまり寫意に傾いてしまつては(繪畫ではない故)圖按模様として面白いものとは云はれない、そこが形態を描くは容易にして、模様化することの困難なのである。又古來の模様を脱化して一模様を案出することは、巳に多少の模様的に融化され居るもの故、容易に調和し、雅致ある模様を得ることが出來るけれども、よく原畫の範を脱し、原畫を學んで然も原畫に拘泥さぜる底の、嶄新なる模様を得ることは、亦容易でない。それ故、孰れの手段を取るにしても、此二者の呼吸を悟らなくてはならない。新意の模様を案出することは、無論必要であるけれども、亦古模様を脱化して、新しき模様を案出することも决して徒然のことではない。
ハ模様を施工する方法
これは無論模様を施工する器物によつて差異あることであるが、四ッに大別することが出來る。
一平面的のもの
染物、織物、繪付の陶器、磁器、有線無線の七寳、平蒔繪、研出し蒔繪、壁紙模様等。
二隆起的のもの
額緑、室内用器物の彫刻物、盛上ゲ七寳、芝山象箝、肉を盛上げたる金屬、或は木竹石類の彫刻品等。
三陰凹的のもの
毛彫、片切彫、金屬或は木竹石類の彫刻品等。
四透し彫のもの
違ひ棚、室内器物及欄間等に應用せらる、これには切抜(陰畫のもの)と彫出し(陽畫)との二種がある。
何れも此等の相混用された場合が澤山ある、それは應用する物によつて、圖案家の考按すべき處である。蒔繪などにもよく見る處で、花を盛上げて、葉や蔓を扁平にし、四面の模様を陰凹的にしたものなど、樹林を平蒔繪にして、遠山を研出し蒔繪にするとか、金屬木竹類のにしても、岩石家屋などを肉高にして、草木流水などを片切彫にするとか、香爐などでも、蓋を透し彫にして、鉢へ隆起的のものを配するなど、千差萬別である。
二模様を作る場合に資料の物盤面を撰定すること
以上に於て如何なる模様を如何に表はさんかとの研究であつたが、今は更らに細部に渉つて、一資料を選出し、さて此資料の、如何なる部分を選出せんかの攻究である。
假りに庭前の薔薇花を資料として、一染物の圖按模様を作るとする場合に、其資料は、實物の何れの方面を選出せんかである。其花の平面圖か、正面圖か、或は右側左側、表面斜面か、或は一枝か、一葉か、一花か、叉は此種の取合せか、實に其變化は無限であつて、殆んど際限なき多くの資料を得ることが出來る。或は尚一歩立入つて、一花の斷面などを得て模様化する場合もあるし、或は一葉を顯微鏡下に置て、そのあるかなきかの繊緯を一模様として案出することさへある。
ホ模様を變化する方法
模様を案出する場合に、其を變化さす方法に種々の要件がある、それは線の形式から云ふと一直線のもの
二曲線のもの
三直曲線の混合されたるもの
の三形式である、それ等が更らに一精密に表はれたるもの
二疎略に表はれたるもの
三精疎の中庸を得たるもの
の三區別することが出來る、亦一物體(資料)の輪廓を模様として表はし、内部は陰とする場合
二物體の輪廓を描き、更らにそれに或模様は文字を配したるもの
三物體の各局部を離隔して書かれたもの(挿畫参照)
などもある、今亦一種の變化と見らるべきは一模様の歴史上、その變遷が因となりて變化したるもの、或は之を目的として變化するもの
二按出せし模様に對し各種の感應を起さしむるを以て變化したるもの
三各種の工藝品を製作ずる方法技術が進歩して、其程度に應ずべく變化したるもの、或は之を目的として變化するもの
猶詳説すると、天平時代の唐櫃にある模様が、藤原時代の蒔繪に應用されて居り、藤原時代の蒔繪が鎌倉時代の織物の模様に應用されて居り、鎌倉時代の漆器の――模様が徳川時代の織物に應用されて居るとか、支那の古銅器の模様が日本の陶器磁器に應用されて居るとか、亦一模様の變遷からみても、古代より非常に西欧諸國に於て、殊に建築物に應用せられ居るアカンサス(植物の名)が、時代時代に應じて非常に變化され居るのである、素と希膿に出てゝ、其葉邊など尖り、葉幅なと細けれども、羅馬に至つては葉邊が次第に丸く、葉幅も廣くなつた、またピザレチンなどに至つては、亦羅馬式と異つて居る、レネザレスに至つては、更らに其應用獲達が廣大して、唐草風になつて來た、近代に至つては、種々の様式を加味して居る(アカンサスの適用は多く建築粧飾に多く、就中柱頭、柱脚、飛簷、等に木彫或は漆喰などにて作らる)近く上野帝國圖書館内部の建築粧飾を實見してみたまへ、三階の大廣間などは、一面にアカンサス模様によつて作られてある、こんなわけで、模様が次第に變化するので、つまり時代思潮に伴ふて行くのである。
それから二の感應を起さす事を目的として變化するものは、直線は嚴格壯嚴、曲線は腕曲優美である、亦精密なるものは壯嚴、疎略なるものは洒落風雅、中庸なるものは優美高尚なるなど、何れも應用すべきものゝ種類、使用すべきものゝ周圍の關係などみて、考按變化しなくてはならないのである。亦、かく単位のものでなく、二種以上の取合せ物によつて作られたる場合には、配合上に於て、感應を異にするものなる故、其注意が必要である。一例を云へば、同じ蒔繪でも、平蒔繪のみの時と、青貝や錫を用ひた場合などとは、異種の取合せに於て變化ある感を起すのである。
三の技術に於て變化ある場合と云ふのは、例之べば天平時代には、染物の形を置くのに臘を以て描いた、そしてそれを染めてから、臘を洗い落すといふやうな方法であつたが、今は形紙を以て糊を置くといふやうなやり方て、其技術の上から、結果が今日とは違ふので、螺細や金屬を漆器に應用することでも、今と昔とは大ゐに其技術が違ふ、彩料などでも、昔ないものでも今日は多數出て居るものもある、併し古來の迂遠なやり方、幼稚なものにも、相應の雅味のあるも故、其應用手段によつて、面白いものを製することが出來る。兎に角、材料と技術の方面からみても、亦應用さるべき種類の方面からみても、現今は實に其種類が増大されて居るのである故、圖案を學ぶものは、多くの研究と着眼とを要するのである。