水彩肖像畫法[六]

夢鴎生
『みづゑ』第六十一
明治43年4月3日

 形を正確に保ちて、决して間違はずにインヂアンレッドで額の蔭をつける。それから眼の凹みの暗い蔭を付けるのである、これにはインヂアンレツドとコバルトを合せたる蔭色を用ひるのであるが、蔭の緑は單純なコバルト色許りにするのである。眼の上瞼をばインヂアンレッドて描く。前にもいふて置いたけれど凡て蔭影の周緑はグレー色に終はることを忘れてはならない。其を實験するには白紙の上へ鉛筆でも紙切でも立てて見るが良い、紙上に濃い影が出來るが、緑の方は灰色であるのを見る。
 この灰色は人造光よりも日光の方がよくわかる。それから色の階段や顴骨の光部等に留意して、頬をばヴエルミリオンや、ピンクマダーで着彩をする。これも鼻に近くは彩色の終はりを點描にして、横顔の方へ彩料を送り傳け、漸々耳や頤の方べ及ぼすのである。是が出來上がつたらば強い影をつける。額の蔭になつてゐる部をばブリユーで以て線描をする。鼻の下方にもブリユーを用ひることもある、額に蔭をつけるに、最初に赤を置いて其上に青を塗ることは前述の通りである。これは青の下に赤を置けば色が清く輝いて見えるけれども、赤の下に青を置いては汚はしくなるからである。
 今度は、コバルトとインヂアンレツドとで調色した冷かな緑色で眼の凹みを線描をする。青色で下顋の端の方の形をとり且蔭を付ける、斯く作業して行く問に白い點々が畫面に残り行くことがある、これは適當なる色で補修して行かねばならぬ。若し線描が餘り針金の如く見えるならば、水に浸した清い毛筆で數回ウオツシをして色を混ずる手段を探る。若しまた餘り暗く彩色された時には、水にのみ浸たした彩料を付けない筆で線描をする、かうして浮き出した彩料をば、柔かい古ハンケチて靜に拭ひ去るのである。
 今は背景を彩るべき手順になつた、この背景は、顔及髪の色の深味を左右するものであつて、頭の周圍を白地にして置くと、實際の色彩よりも暗らく見える、バツクを暗く描くと前よりも明かるく見える。後になつて詳説をするから、此處では普通好まるゝ緑の背景はインヂゴとバーントシンナ、又はインデゴとセピヤ、又はインヂゴとパンダイクブラウンで出來ることを談して置かう。此のバツクはウオツシをしで、光部と暗部との幾階段は濃い色、薄い色で示さねばならぬ。そして、半、線描、半、點描をするダッチでバツクの表面をば平らにするのだ。此等の手法はバックでは大ザッパにやつてのけて宜しいけれども顔に近い所は丁寧にする。次に頬の下方や後方に青の薄色を彩どう。上唇の下、口元などに青色の蔭をつけて下順の青き蔭と一致をさせる。鼻の下や鼻孔の兩側をば青色で彩どる。頤の端の方を柔らめ蔭の色で丸味をつける。
 猶、頤の下の反射の光りをばウエネチヤンレッドとインヂアンエルローとで調色した暖かき色を傳彩する、此の色は肉色といふのだ。眼の凹みの暗い蔭へも其色を少し置く、又蔭の色で虹彩の暗い部分を柔らめる、ヴエルミクオン、ピンクマダーを線描して唇を仕上げる。
 距りの多い所は、色が幾分鈍くなつてゐることを觀察せればならない。
 第二回の着彩の仕事は色を柔らめる事である。肉の方が前の様に進行したら、次は頭髪に移る。頭髪を彩とる仕事は素描の時程困難でない。
 先づ、褐色の頭髪を彩どる方法を談さう、固有の色としてはヴアンダイクプラウンやセピヤを用ひる。尚此彩料を以て深い蔭をも作くる、高照部は後になつてから取り去るのだ。其ローカルカラーが充分暖か味を示さぬならば肉色の彩料を加へるがよい。
 黒色の髪を彩色するも前と同方法である、けれどヴアンダイツブラウンとセピヤの代りにセピヤ許を朔ひる、極暗い所へは少許の暖かい黒色を加へるのである、此の黒色はセピヤ、レーキ、インヂゴで調色するのだ。
 黒く、暗い髪では光部は冷かなそして青味を帯びること、光部と極暗い部との中間には暖かい色があることを記憶して居るは必要である、亜麻色の毛髪は、適當の度でセピヤで始める。最暗い所はヴアンダイクブラウンにセピヤを加へたり、又は加へなかつた色へ彩る、その後に肉色を塗る。ローカルカラーはエルローオークル又はインヂアンエルローとヴエネチヤンレッドとで出來た色である。其強照部は黄色であつて、明部と蔭部との間に冷たき灰色がある。凡て毛髪の強照部は着彩が乾いた後に取り去るのである。此の爲に毛頭は此の手法を施して此儘にして置いて頸、腕、手に作業を始めるのである。
 肉と毛頭との接する點は影が灰色を加へること、毛頭がバックと會する所をば毛髪の輪廓等を和らげる。頸の蔭になつた部分の色はインヂアンレツドとブリユーで明るい部はブリユーばかりを用ひる。頸の緑色は青色の上をヴエネチヤンレツドとインヂアンヱルローとの合さつた肉色で線描をして發色するのてある。
 かくの如き方法で手腕に及ぶのである、されど第一回の着彩にはインヂアンレツドを額を彩つた通りに用ひて必要起らば其上に青を置く。
 指の分岐はブラウンマダーとピンクマダーで描く。指先、指節、手の甲などは他の部分よりも餘計に紅いからマダーとヴエルミリオンを石竹色で線描しなければならぬ。
 次には白いリンネン及衣服をば強照部をもかまはずに中位の色(大盤から見て)で塗りつぶして仕舞ふのである。第二回の着彩これにて終はる。

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