静岡の一夜

大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ

大下藤次郎
『みづゑ』第六十一
明治43年4月3日

△靜岡に比奈地畔川氏あり、小山枯柴氏と相圖りその地に水彩書展覽會を催しては如何との相談をうく。
△美術趣味の普及は、品性修養の上に、工藝製作の上に、直接間接幾多の利益あり、殊に將來の國畫たるべく運命を荷へる水彩畫の普及は余の最も希望する處たり。
△曾て水彩謁の手引を出版せしもこれが爲めなり、雜誌『みづゑ』を發行しつゝあるもこれが爲めなり、研究所の設けられしもこれが爲めなり、屡々講習會を開きしもこれが爲めなり。
△水彩畫の趣味を善及すべく、文字に書語に將た版薔に、出來るだけの手段を取れり、しかも百聞は一見に如かず、地方によりては、たゞ不完全なる製版の技を透して、水彩畫とは如何なるものかを朧ろ氣に知れるのみ、專門家の肉筆に到つては曾て一度も観たることなしといふ人少なからず。
△故に水彩畫の多數を携へて、各地に巡廻展覽會を催ふし、直接製作を味はしめ、徐々に此趣味の普及を圖らむとは、余が豫てよりの願ひなり。
△奈志地氏の提案は余の願ひと合せり。書信を交ゆること両三回、やがて志奈地氏來り繪畫を集む、丸山氏信州に在り、河合氏大阪に在り、開會の期日せまり遠きより其作を集むることかたく、僅かに研究所有志、並びに余及ひ余が門下兩三氏の作を以てこれに應ぜり。
△総數二百八十餘點、新にマツトを求め、準備繁忙を極む、これが爲め二月二十五日の夜は、作業實に十二時を過ぎたり。
△會は三月二日より五日間、靜岡市舊城内物産陳列場に於て開かる、筈なり、余は陳列の有様を一覽すべく、三月一日朝急行列車にて靜岡に向ふ。
△列車内に入つて先づ不快を感ずるは、何れの座席も、客あらざるに既に赤帽によつて、毛布羽蒲團の類を敷詰られ、一席をも剰さゞる其横着なる手段なり、ラグを持たず赤帽を煩はさゞる余は、汽鑵車に近き一室に於て、恐る恐る毛布の一隅をよけて席を得たり。
△四人を座せしむべき席は、荷物と共に一人若くは二人によつて占領せられ、平沼よりの乗客をして居るに處なからしむ、しかも敷島袋を行列せしめ、車内通行の妨害を敢てし顧みざるは、かゝる横着の客に多きは勿論なり。
△國府津を過ぐ、去歳この頃、屡々三脚を裾へたる松下の濱、屋後の畑、見るもなつかし。遠く箱根達山には白雪斑々たり。
△車中『史劇十二曲』をよむ、久しき以前著者山崎氏より寄せられしもの、當時卒讀深く味ふに及ばす、こゝに會心の作二三を再讀することを得たり、脚色の巧臺詞の奇警は他に或は其人あらん、場面をしてよく繪畫的に統一あらしむるその技倆は、この作者を以て、余は當代第一と推すを憚らず。
△富士の雪は多し、足柄連峯また白點々。
△午を過ぐること三十分靜岡に下車す、小山比奈地兩氏ブラトホームにあり、大東館に入り會の模様をきく。
△警察の干渉、會場の變更、其他種々の手違を生ぜしも、幸に商業會議所の會頭伏見氏の厚意と同情とにより、物産陳列場前なる水産組合の新築建物全部を借受け、現に陳列中にして、後刻知事及この地の名譽職其他の來観ある筈なりといふ。
△共に會場に向ふ、便利にして閑静なる地にある建物は、坪數四十餘、階上階下四室を以て陳列の場に充てられたり、新築以來今回初めて使用さるゝもの、光榮と云ふべし。
△商業會議所樓上に於て、會頭伏見氏に逢ふ、快活にしてよく語らる、此地の漆器は世に名あるもの、しかも其圖案模様等の意匠に於て、干篇一律新意の見るべきものなし、水彩畫の展魔會は、かゝる方面に對しても少なからぬ効果を齎らすべしとて、此事業に深く賛成の意を表せらる。
△徳川慶喜公は、アマチユアとして水彩畫に筆を執りし最初の人なりしならん、余は今より二十年以前に於て、其庭園を爲せる公の小品を見たり、此ハイカラなる貴人と因緑渉からざる靜岡に於て、地方に於ける最初の水彩畫展覽會の開かるゝといふことは、偶然にはあらざるべしと余は思ヘリ。
△會場にては同人おさおさ陳列に忙し、鐵線を伸ぶるもの、繪を懸けるもの、畫題を貼付するもの、頗る混雑を極む。
△夕刻大東館に歸る。室廣く且清く、待女敏捷にして待遇また可なり。
△二日空晴れたり。朝比奈地氏來り共に會場へゆく、設備全く成り、採光の工合も悪しからず、何よりも陳列場の新しきは快よし。
△定刻に至るや、參観人踵を接して來る、多くは初めて新様の書に接せしもの、熟視佇個容易に去らざるものあり、匇々にして場を出るものあり、學生風にあらざる妙齢の一女子、一枚々々熟視して久しく動かざる其熱心は異とすべし。
 

日本水彩畫會飯山支部研究會

△畔川氏の家にて午餐の饗をうく、遠州森町の名物『梅ごろも』極めて美なり、由來名物に旨いものなしといふ、されどそは名所の名物を指すべく、隠れたる地に於ける名物には猶美味なるもの少なからざるべし。
△午後よりは、學校歸りの師範中學等の學生の參觀多し、會場新しく持主の要求によ・りて一々脱靴せしめしは甚だ氣の毒の思ありき。
△場に入るの人まづ帽を脱す、陳列の繪に對するも絶えず帽を手にす、米國に於て、美術館又は展覽會に入るの士人は必ず脱帽す、しかも巴里に於て、ロンドンに於て、また東京に於ては必ずしも然らず、余は靜岡人士の此床しき態度に善感を覺えたり。
△四時二十九分、新橋行最急行に投じて靜岡を去る。
△七時主國府津のほとりにて食堂車に入る、給仕遅鈍容易に用を便せず、相對座せる一紳士に、余のために給仕を叱すること再三、辛ふじて食をとることを得たり、旅客に對する鐵道院の注意監督、甚だ不充分なるは遺憾ならずとせず。(完)

この記事をPDFで見る