圖按法概要[十二]
比奈地畔川ヒナチハンセン 作者一覧へ
比奈地畔川
『みづゑ』第六十二 P.8-10
明治43年5月3日
へ 模樣と資料の分類
資料とは、模樣に捕捉されたる一般の畫題そのものゝ謂である(資料と材料とは意味が異なる)。總ての模樣繪畫的なると模樣的なるとを問はず、一般の模樣に採用せられたる資料を分類して二大別とする。
一 人爲的模樣
幾何學的模樣|建築的模樣|工業的模樣|文學的模樣|宗教的模樣|歴史的模樣 |偶意的模樣
二 天然的模樣
植物的模様|動物的模樣|人類的模樣|天象的模様|地文的模樣
い 幾何學的模樣、本邦には古來から殆んと一定された幾何學的模樣がある。市松、網代、龜甲、蜀紅、松皮菱、鞘形、萬字っなぎ、★に霞、籠目、網目、立枠、分銅、七寳、靑海波、などその一班である。西には此幾何學的模樣は遙かに進歩して居つて、復雑なもの、變化あるもの等、實に多種類を極めて居る(本邦の幾何學的模樣なども非常に古くからあるものと見えて、先年、奈良の天平時代の乾漆佛像の衣紋に、比沙門龜甲なぞを見た、本邦の幾何學的模樣は、やはり支那あたりの系統を引いて居るものが多い樣である)。幾何學的模樣とは自然物の形状を借りることなくして、線と、角と、點と、圓との、種類より、種々の形状を工夫して構成されたる模樣をいふのである。
ろ 建築的模樣
一例をあげると、伊勢大神宮に納むろ屋形の錦なとの樣なもの(挿圖參照)。また他にもいくらもある。すべての建築物を模樣化したるもの。
は 工業的模樣
御所車、片輪車、屋形舟或は扇、樂器なぞの種類を、古來から應用した模樣が澤山ある、すべての工業的のもの。
に 文學的模樣
古來からある。蘆手繪なぞも文學的模様と云ふことが出來る。蘆手繪はある部分を繪にて表はし、繪にて表はし得ざる部分を、文字にて目ざはりとならざろやう表はすもので、古歌の意、詩の意、俳句の意なぞより探つたものが多い、支那の織物なぞにもよくある(蘆手繪とは云へぬが)。福とか壽とかいふ文字を、器物亦は花實の中へ表はすなど、すべて文學へ關係あるものを結びつけて模樣となすもの。
ほ 歴史的模樣
此採用は、最も廣く且つ多く、武者繪風俗畫なぞ、一般にわたりて最も多く川ひらる。
へ 宗教的模樣
一般の佛像、天人、迦陵頻伽の類を、模樣として應用せらる。
と 偶意的模樣
支那などでも、古來からある。★蝠を福に喩へ、鹿を録に喩へ、靈芝を壽に喩へ、玉堂を木蓮海棠に、富貴を牡丹に喩へるやうなものである。
泰西にもたくさんある、二三を示す
けしの花(眠) 黄百合(華美驕奢) ばら(美) 椿(永續) 白ばら(清女) 石竹(淡白、無慾) ばらの 莟(女心) 藍色石竹(豫期せし成功) 野ばら(希望) 白石竹(誠の忠義、熱心) 赤白ばらの花束(清情) 濃厚なる石竹(紅)(意氣投合) 黄ばら(夫婦の愛情) 花菖蒲(熟心) 開きたるばらに二輪の莟を(秘密)淡紅なる石竹(無き人の追懐 三色菫(變愛) おだまき草(愚痴)白百合(尊嚴) つた(友愛)狗 骨(保護) 紫陽花(變り易し) 虎耳草(友情) 椶櫚の花(勝利) 針ある石竹(天才) 車輪に両翼あ る(文明) 蒲公花(輕薄) 車輪に燈の燃たる(照す) 蕨(汝を信ず) 燈の下に燃たる(死) 水仙(戀 愛又は自己の幸福) 蓮花草(變り易き戀愛)
寓意的のものには花卉が多い。尚工業的人事的のものを以て、寓意的の意味を表はすこともある。
ち 植物的模樣
模樣としての最大最良の資料となり居る。
り 動物的模樣
虫類鳥類殊に多し。魚類獸類是に次ぐ。
ぬ 人類的模樣
種々の人物を應用す。
る 天象的模樣
雲、雪、霞、星、月、日、などを種々に變形して應用す、應用の種類非常に多し。
を 地文的模樣
山川水陸等、殊に水は、模樣化す上に便多きを以て、古來よりの應用最も多し。(禁轉載)
以上、すベて挿圖を参照せらるベし。但し近代的のものは、諸子の目に觸るゝこと多きを以て、殊更らに 古來の物を抄出したり。