問に答ふ


『みづゑ』第六十二
明治43年5月3日

■一 自畫像を畫く法二 水繪具を炭火にて干かすは害ありや三 技術以外に讀むべき繪の書物を問ふ四 原色版は何故に原畫通りの發色を得るにや(津川生)◎一 普通は鏡に向て畫く、また寫眞にもよる、兩方用ふるも可二 遠火なら害なからん三 美術學校などにては、解剖學透視畫法美術史等を學ばせる、從つて其向の書物は讀む必要がある、其他には畫家の傳記もよろしからん、また科學上の書物も讀み置く必要あり、特に吾人は修身の書を勸める、一見繪に關係なき如く見ゆれど實は大なる影響あり四 簡單に言へばすべての色は黄赤靑の三つより成るもの故、各其色のみを感ずる寫眞種板によつて、同一の寫眞を三枚とり、それを原版とし、各三色を刷合せてゆくなり。この理によつて見ても、實は繪具はたゞ三色ありさへすれば、どんな色でも出來る筈なり。近來原色版は、三色以外黑色を加へて四色とする事あり、また靑の代りに黑色を用ゐる揚合ありといふ■繪が出來てから、畫面の一部分を角の樣なものにて摺りて艷を出すとは如何なる場合か但し光部なれば光つてゐるやうに畫けばよいと思ふ(兵庫MY生)◎角または瑪瑙の尖などで磨りて光澤を出すことは一の細工に過ぎぬ、暗き木の間、溪間、室内の隅など奥深い透明した處の感じを現はすために用ひられる、タトへば、繪具をつけて濡れてゐるうちは透明して見えても、乾いてから深味の見えぬ場合あり、この際磨るか又はアラビヤゴムを塗るなり。但最初よりこんなことを爲さずに、その感じの出るやう畫く方がよい■寫生をなすにワットマン九ッ切位でも必ず畫架を要しますか(SK生)◎畫架があれば無きにまされど、四ツ切位迄は膝の上でも畫ける、小さな畫には寫生箱が一番便利なり■一 水彩紙及ワットマン紙の表裏の見かた二 ヤハラカな繪をかくとき洗ふといふ話なれど如何にしてよきや三 人物風景其他の繪畫多くある出版物あらば其發賣所(照井祥一)◎一 全紙をとり、透かして見ると文字がある、其文字が正しく讀める方が表二 必ずしも洗ふとは限らぬ、幾重にも繪具を重れても同一の感じを得べし三 各種の展覽會カタログ類がよからん、またスタジオ臨時増刊には着色物あり、舶來品は丸善書店に問合はされよ、日本の分は本郷切通坂上畫報杜に大部分あらん■『みづゑ』殘本を書店に註文しても品切といふに、本誌には殘本發賣の廣告あり、如何なる故にや(靑森孤城生)◎賣捌店に於ては、僅かの註文に對し一々照會取よせ等の勞を惜むものあり。次に、本誌は委托販賣を爲さぬ故、取次所にて僅の部數より取扱はず以來殘本は直接に註丈ありたし。序に、賣捌所にては品切又は未發行などいふて註文に應ぜざる場合あれば、これ等も直接註文を望む■鉛筆で輪廓を取ると、彩色してから淡い色の痕がつきます、鉛筆の代りに水彫繪具の淡い色で代用しては如何(大阪富岡洗帆)◎淡い色とは如何なる場合か知られど、鉛筆でかなり濃く輪廓をとつても、着色さヘシッカリやれば目立ぬ筈なり、雪の山の空との境界などは、鉛筆をゴムにて消し、後着色するもよく、充分正しく見て、輪廓なしにて着色するも可ならん。いくら淡くとも、繪具にては鉛筆以上に痕が残る■一靜物畫を飽迄研究せば、人體のスケッチを成し得るか二 靜物を六ヶ月ばかり研究し、郊外のスケッチ布を試みしが、形を取るに苦しむた、靜物寫生の足らざる爲めか、程度の高かりしためか三『みづゑ』に於て透視畫法の講話を掲げられたし、不可能にや四 透視畫法獨習の良書を知りたし(獨練生)◎一 靜物寫生はスタデーを重として研究すべきもの故、それを充分研究したからとて、スケッチが上手になるといふ譯にはゆかぬが、スダデー書の素養の深い程、それだけスケッチに確りした處が出來るであらう二 靜物寫生を充分したからとて、直ぐ景色が旨く形がとれるといふ譯にはゆかぬ、景色のうちにても、靜物的なものから漸々研究してゆけばよからん三 準備中なり、此夏頃より實行すべし四 初學獨習書といふやうなものは別になし、中學教科書にでも便りて氣永に勉強すればよからん■一 繪の統一を失ふとは如何なる事にや二 素畫を以て物の色を現はすには如何にしてよきや三 素畫に目的物を精密に描き他のバックの如きは大體の感じを現はし置けばよきにや(星野自嶺)■一 同一程度の色、又は蔭影形態等、畫面の各所に散亂して主點のなきものは、即ち統一なきものにて、例を擧げる迄もなく、見て印象の散漫に流るゝものを指す二 素畫とは一色畫を指すにや、色は光線の反射及吸収の程度によりて、濃淡を附けるなり要するに、かゝる事は文字や言語の上で充分の説明はかたし、寫生して見て、不自然の感の起らぬやうになればそれでよからん二 繪の種類によりて必ずしも然らず、背景の如きは、時には目的物よりも却て苦心を要すべし、結局調和よくさせるのであるから、目的物が精緻で背景が粗末なものはいけぬ、たゞ幾分の手加減を用ひて、目的物を引立させる程度に描くなり■一 スケッチ箱畫架の價格二 一色畫ば濃き處より塗るにや、淡き處を先きにすべきや三 女子美術學校の所在地及學期、入學の資格(信濃種花)◎一 前者は二圓半位より四五圓、後者は一圓位より三四圓、大なるは三十圓程もする、文房堂其他の彩料店にて、賣品目録を取よせて見られたし二 淡きより先きにして濃きタッチを最後とす三 東京本郷菊坂町にて、尋常小學校卒業程度、詳細は同校より規則書を取よせられよ■初學者は京都支部又は關西支部の何れに入會する方便利なりや(堀尾信悟)◎何れも同一組織なり■一 一色畫は全體を一色と見て濃淡のみ現にすものにや、又は其寫すべきもゝの固有の色をも現はすものにや二 石膏像なきものは代用として白色の布に皺を作り研究しては如何三大體の明暗の調子を見て墨繪の練習を爲すは害ありや四 水彩畫稽古中毛筆線畫をやるは害ありや五實景を見るに、倒しに見ると美しき感あり、此程度が繪畫の美化せらるべき範圍と思へど如何六佛國製水彩繪具箱の添紙に、水彩畫法の二三を載せたり、信頼して可なりや、其中に、大作をなし保存すべき作は、水貼の際二枚の紙を用ふとあり、價値如何七 コンモンカートリングペーパーは如何なる紙にや(藤朗)◎一 陰と陽との稽古なら、一色と見るべく、物質を寫すためなら、色によつて濃淡を畫かなくてはいかぬ、其程度は色の光線の反射吸収の關係による、たとへば石膏像なら、陰と陽との關係なれど、實物の女なら、髪の毛も黑いし着衣の模樣などもあらん、それ等はやはり日向にても多少暗く畫く必要あり二 石膏模型と同一結果を得べし三木版下のやうでは繪の稽古にならぬ、物め大タイを現はすにはそれでもよけれど畫のある目的は、むしろかゝる極端なる對象にあらずして、微妙なる濃淡の漸移の上に味ひあるものなれば、かゝる作業に利益なからん四 兩方區別が出來たら差支なし五問の意味がちと不明なれど、逆さに見るといふことが美をなすかも知れぬが、逆さに見る時、股といふやうな一つの枠が出來て、その中から見る故にあらずや、汽車の窓から實景を見るも、見取枠を透して見るも同じ道理ならん六 樹木や空色など、日本と異ふ國の畫法には、全然あてはまらぬ點もあれど作畫の手段は決して一定してゐるものでないから、どの樣な事が書いてあるか知らぬが、多分差支なからん七 そのやうな紙を見もせず使用もせぬ故に御答は出來ぬ■一 遠景の枯草の野は如何な色を用ふれば、心持を現はし得べきや。また、近い場處日光の直射せぬ草原の、寒い白味がゝつた色は如何にすべきや二 吾人が視界は、距離の遠近によつて眼の調節器を役すれば、或る距離内は、殆ど同一密度の影像が綱膜上に生ずるものである、今之を其儘紙に寫生すとすれば、非常の複雑なる、殆ど遠近を區別し難いものとなつて仕まうやうである、で、やはり寫眞のピントを合せたやうに、主題とするものに、眼の調節器を働らかして、他の部分には全く調節せぬやうにして、寫生する方がよろしきや三 本年内に南九州に御旅行の幹部諸先生はお在さずや四 畫は三十歳以上になつたら進歩は六ケ敷ものにや(九州生)◎一 同じ枯草でも、初冬と中冬晩冬皆多少の相違あり、一樣には言へぬが、ネプルスエローなど試みて見てはいかに。また近い日光の直射せぬといふ色も、物の影になつて直射せぬ場合として其影が雲の影と、建物や樹木などの近いものゝ影とでは異ふ、晴れたる空に面して、影になつた場合(樹下などでなく)は、空色の反射のため、白くなるもの故、その空色を含ませて書くべきである。さて、かゝる色彩上の質問の答に苦しむのは、編者の所持の繪具と、諸君の繪具と同一なら、色もこのやうにと、近い處迄言へるが、地方によつては、灰色を含みし和製(舶來と稱するも)の粗末な品を用ひらるゝ方あり、又會杜によつて同一繪具にても多少色の相異あり、次に其分量なども、決して正確にゆかぬ結局こんな繪具かといふ迄で、説明通りにしても其樣な結果にならぬ事あれば、此點は自分で研究して、色を出すのが一番近道なりと思ふ。序に、編者の使用する繪具は大部分ニユートン製、一部はニユーマン、一部はラフヱルにて、佛國製及和製は殆ど用ひぬ二 繪畫は長時間の現象を寫し出でものでなく、一時の感を現はし出すものなれば、主點を見た時の心持ちにて、繪を畫けば、決して距離が同一になる事なし三 未定四 何事でも青年期を過ると進歩は遲けれどそれも勉強次第ならん七十の手習といふ例もあり靑年のやうに目には立たぬとも幾分の進境は得べし、たゞ絶えず繼續するに限る一週間に一度七八時間勉強するよりも、毎日三十分間でも筆を取つた方が進歩が早い■一 水ワニスの使用法二 寫生機といへるものを用ひて作りし畫は、美術製作として價値ありや三 曾て太平洋畫會にて戯畫を陳列せしことあり、如何なる價値あるものにや、作品の威嚴を損せずや(藤の人)◎一 透明體の光澤を出す場合に用ひらるることあり二 寫畫機といへど種々あり、輪廓のみ正しく取る事の出來るもの、紙面に先方の色が映りて、其上を塗てゆくものなどあり、何れも機械的にして寫眞と同樣の價値あるのみ三 價値問題でなく、所謂樂屋のイタヅラを公にした迄にて、威嚴を害すといふ程重く見るべきものではなかつた
 

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