寄書 樂しかつた半日

KS
『みづゑ』第六十三
明治43年6月3日

 空前の大壯擧たる共進會に件ひ協賛事業たる新古美術展覧會は、中區門前町の舊博物館に新築せられたる商品陳列館に於て、去る三月十六日より開會せられた。
 僕も一度早くのぞいて見たいと思つて居たが何と云つても奉公中で自由にならぬ身、且つは多忙と來てゐるから、延々で、やつと此の一日の午後、小暇を得て親友と共に會場へ馳せつけた下駄を麻裏に代べて館内に臨み、左に折れて進めば、もう繪はズツと掲げてある。
 是迄も小さな展覽會は幾度も見たことがあるが、今此に臨んぞ見ると何んだか深い深い、ある一種の強い感じが胸中にキザミ入つた様に、頭がポーと成つてきて、此の美しい自然の趣きを、今更ながら痛切に感じた。
 一寸、僕の感じたゞけを云へば。
 鹿子木先生作(櫻花)一本の櫻が春の長閑な自然を現はし心地の可い畫だ。
 中川先生作(湖水)水彩畫である、水が少しどうかと思はれた。
 三宅先生作(湯ケ島)之も水彩畫である、大家と陰ながら聞いて居たが實に見事な作で同じく(木の下陰)の綿密なる筆の運びに至つては只驚くより外はない。
 大下先生筆(富士)至つて富士好きなる自分には此上も無く快く、且つ叉親みつゝある、非常に深く感じられた。
 あの、清い美しい芙蓉の雪!!眞に迫る様だ。
 満谷先生筆(畫室の一隅)モデルの肉付の色具合、よく出來て居るが、肩のところがチトどうかと思はれた。
 岡田先生筆(五葉蔦)浴衣の巧みなこと、而し眼が變に思はれた。
 橋本先生筆(静物)葡萄は特に可い、友はバックが拙いと評した。
 渡邊先生筆(供待)少年の活々した顔が可。
 黒田先生筆(春の名残)単純な色彩で、可く細かに春たる趣が現はしてある。
 加藤先生筆(南木曾)文部省の展覽會に山かげとして出品されしものとか、實に佳作である。
 和田先生筆(ミレー落穗拾摸寫)實に傑作。
 中澤先生筆(怒濤)巖に砕けし水煙の飛上る様、何人だかしまりが無いと後ろで書生風なのが話して居た。
 僕はこの様な諸大家の作を見た事は、初めである、懐かしい慕しい氣がする、僕はこの様な展覧會が、月に一度位ひもあつたならと思つた、門外に出るのが何んだか心残りがある様だあゝ、樂しかつたこの半日!
 僕は忘れられない程、腦中にある一の感じが留まつて居るのである。

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