装飾的の昆蟲

織田一磨
『みづゑ』第六十四 P.19
明治43年7月3日

装飾的の昆蟲 織田 一磨
  b:佛蘭西の圖案家Vernvil.氏は昆蟲美に就て多大の趣味を持つて居るとみえて氏の圖案には昆蟲の各種が實に巧みに應用せられてある、氏の著『L'Animal Dans la Decoration』の内にも種々あるが、其れより氏の圖案の尤も面白い作品の掲載せられてあるのは美術圖案雜誌Art et Decoration.の方にかへつて出て居る、べ氏の他にも昆蟲を圖案化して用ゐつゝある作家は可成り少なくないやうだ、然るに悲しいかな我國の圖案界の現状では未だだれ一人として眞に昆蟲美を賞賛して美術工藝品の圖案に應用を試る人もない、わずか三越呉服店や其他で蝶類の模樣を附けた友染を賣り出しては居るが其れとても相不變徳川末の空想的な物で蝶であるか蛾であるか特徴を無視した結果區別が付兼る樣な圖ばかりである。私が思ふのは眞實で居て愚な物でなく巧に圖案化されたる模樣を望むので、やばり其蟲の特徴とか色彩斑紋の特徴は圖案化の場合にも失なはずに保存したいと思ふのである、毎度言ふ事であるが推古時代の遺品中には此點が可成り出て居ると思ふし、何しろシンプルな面白い物が多い、例へば正倉院の御物の琵琶や何かに描かれた蟲は實に面白く圖案されて居ると思ふ、此の古美術の事に就ては昨年十二月の毎日電報に『古美術と昆轟』と題して發表してをいたから就て見られたい。
  面白いとは言ふ物の我國の昆蟲廳用は單に其形態美のみに止まつて居て少しも習性に就ての觀察が行渡つで居ない、古代埃及に於けるスカラブ蟲の如くに種々なシンボールとして装飾に用ひられて居た例は我國には無い樣だ、此のスカラブと云ふのは金龜子蟲料の一種で我國には居ないが、其れに似た種屬は韓國に産するさうだ、埃及人が此のスヵラブを貴ぶ事は非常で、埃及人と此蟲の關係は大したものださうだスカラブは實に奇な習性を持つて居る蟲で、それがために大陽だの造物主だの種々な象徴として用ひられ來たとの話である、其れで此のスカラブと埃及人の關係を述べた面白い文は本年の三、四月の昆蟲世界と云ふ專門雜誌に昆蟲學者長野菊次郎氏が連載せられて居るから就て知る必要がある、殊に畫家圖案家は然りと云はればならぬ。
  其れから諸氏も知る如くギリシヤ神話の中にもパンドラと云ふ女の家にジユピータの使者のマーキユリと云ふ神樣が置いて居つた銀の箱をパンドラが好奇心から其蓋を押除けて見ると中から多數の蛾が出て、其れが總べての人間に止まつた、すると人間は其蛾の毒で痛みを覚え、始めて人間に苦痛と云ふ物を與へたと云ふ話がある。
  これは單に話であるが實世界にも毒蛾と云ふ一屬があつて私等毘蟲探集家を困らす事が度々ある、ギリシヤ神話も昆蟲を佳く應用してあると云へる。
  毒蛾でなくも夏になれば蚊や蚤に苦められて居る、寫生に出ればブユに攻撃せられるし、嫌いな人に毛蟲やウヂ蟲に驚かされる、何しても人間と昆蟲とは深い關係がある動物であると云へる、人間の爲に惡い種もあるが又一面利益になる種屬も澤山ある事は確かだ。
 (りよ界世蟲昆の氏アーュギイフ)蟲形奇の産國外 一第(圖原の余) 種形奇の産國内 圖二第 前述の通り人間が自己の装飾のために蟲を應用して居るばかりでなく、昆蟲の色彩や斑紋は昆蟲其れ自身の装飾になつて居る場合もある樣に想はれて仕方がない。
  今の昆蟲專門の科學者の側から云はせれば、色彩斑紋の總てが生存上の必要から生じた物であると云ふかも知れないし、又實に然りであらうが、私の目には其れ以外に蟲其物の装飾的分子が多く加味されて居るのがあるやうに思はれる。
  圖に示した蟲の如きは生存上の必要説のみでは解されなく想はれる、何しろ此の邊の事は神秘で未だ一人として眞意を解した物がある事を聽かぬから仕方がない、乍併とにかく面白い装飾的な蟲である事は勿論であらう、第一圖に示してあるのは米國とブラジルの産であるが、こんな不思議な蟲もあるかと思ふくらいだ。
  第二圖は日本の産で現に私が所藏品の中から撰むで描いたのだがあまり面白い物ではない、乍併日本産としては奇拔な種屬であると云へやう、私等はこんな蟲も昆蟲美と云ふ方から見逃す事は出來ない物となつて仕舞ふ、其れから色彩斑紋の美はしい配合の蟲も一種の装飾としか思へない、何から起つて來てこんな美はしい蟲の色や紋が出來たか知らないが、とにかく自然界の装飾である事は花と鳥と共に爭れない事實である。人間の爲めになる實用昆蟲にはあまり美種は居ないから私はさう思ふのだ。
  第三圖に掲けておいた蟲は色彩の美種であるが、此の外にも數へ切れない程澤山に美觀昆蟲はあるであらう、そして日本産より熟帯産に想ひの外の奇種が居る、三圖の内にある671の如き斑紋は實に原始的な趣味に富むで居る、殊に1は日本の模樣的な紋を持つて居る點は南米の産とは思はれないくらいだ。
  私はこんな蟲の斑紋と其蟲の産地の土人が用ゆる原始的な装飾との間に黙示があるに違ひないだらうと思はれるので、研究して見たいが、何しろ大變な事業で一朝一夕には出來ない事だ、私は巴里やロンドンで大家の作品も一覽したいが、其れよりも切望するのは前述の昆蟲と自然と人間の關係が知りたくて(圖原の余) 類種るな美紋斑 圖三第仕方がない、私は此れから描く自己の繪畫は昆蟲を主にしてやつてみるつもりだ。
  其れは餘事として、昆蟲の装飾用な方面は成蟲ばかりでなく幼蟲にも蛹にもある、又蜂の巣の樣な物に迄であると云へやう、蜂の巣の美觀は人間の建築物の方面であるが、其巣も單に雨露をしのぐ用だけではない、相當な飾りが出來て居る、勿論蜂としては本能的にやつた仕事に外ならないのであらうが、我等の目から、美的に感じるのだ。
  蟲の飾りも無論意義ある物のみではあるが、人間のための美觀も多少はある樣に想はれて居る、私等は此の自然が與へられた所のモデルを相當に學ばねばならぬ、そして斑紋や色彩の必要がどう云ふ方面に迄及ぼして居るかと言ふ事も多少知る事が出來れば實に面白い事だと思ふ。
  終りに圖に示した蟲の學名及び其産地を記して確實を證する事とする。
  第一圖 外國産の奇蟲
 1.Bocydium globulare.
 2.Membracis foliata.
 3.Hypsauchenia balista.
  第二圖 内國産の奇形種
 1.Scaphocephalus diacolor,Uhl. Japan(Takao).
 2.Copris Acutidens,Motsch. Japan(Hokkaido).
 3. Japan(Hokkaido).
 4.Tricentrus flavipes,Uhl. Japan(Nikko).
 5.pectocera fortunei,Cand♂Japan(Tokyo).
 6.Apoderus nitens. Japan(Tokyo).
  7. Japan(Nikko).
  第三圖 斑紋の美な種類
 1.Papilio pausanias. Colombia.
 2.Heliconius evcrate. Amazon.
 3. Cercopis sanguinolenta. France.
 4.Trichius sp. France.
 5.Paratrichius Doenitzi,Harold. Japan(Nikko).
 6.Chrysoehroa muzechi,deegr. Cochin China.
 7.Chrysochroa wgicolles,Saund. Indo China.
 8. " " " Japan(Tokya)
 9. Panopa japonica thund. Japan(Tokyo)°
 (四十三年六月稿)

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