美術談叢
石川欽一郎イシカワキンイチロウ（1871-1945） 作者一覧へ
石川欽一郎
『みづゑ』第六十五
明治43年8月3日
同展覽會招待會に於ける來観者一般の感想は出品何れも好く整ひたりと云ふの外別に之ぞと注意を呼ぶ程の作もなしと云ふことなり。昨年はウエミッス卿の肖像の如き開會當初よリ非常の呼物となりたるが。今年はサージエント氏は一點の肖像書をも出さず。其他の肖像畫にも目ぼしきものなし。風景又は海の景等にも多くは平凡の作のみなりとは云ふものゝ。併し中には又作者が自己の手腕を發揮せる忠實なる良品も亦決して乏しきに非らず。只出品中に故サー、ウイリヤム、オーチエッドソン及故スワン二氏の遺作を見るに於て轉た哀悼の念禁ずる能はざるなり。
サー、ウイリヤム、オーチエッドソンの絶筆
氏が病褥より衰へたる手に筆を呵しつゝ未だ完成に至らずして僅かに慓へたる落?を記したるはブリス卿の省像なり。他に同氏筆のアッベー氏肖像とロビンソン氏肖像とあり。此ロビンソン氏の省像は稍や完成に近きも他の二枚程の感興なきが如し。故スワン氏の遺作は寒き北極と題し氷上に白熊を現はせる大作と。ローヅ卿紀念像に用ゆべき大獅子の模型なり。氏は人も知る如く畫家にして彫刻家なること恰も往昔復興期時代美術家の悌あり。オーチエッドソン氏は長壽にして一代に名を爲してより四十年に及べり近年の作なる「若き公爵」又は「ヴオルテール」等の大意匠畫の如きは或は平素の意氣を欠ける跡なきにしもあらざれども。輓近三四年間に於ける肖像畫の如きは毫も氏が視力又は手腕の衰耗を示さず。老いて益々盛なるべしと意を強ふせしむるものありしに今や終に逝けり。スワン氏にありては其技量其元氣共に隆盛の域に達したる處なるに早く既に亡し。此両畫家の訃は償ふ能はざる恨事なりと云ふべし。
主なる作品
前記の諸作の外に今回の展覽會に見るべもきのはアッベー氏ブラングウイン氏及アー子スビー、ブラオン氏の諸作なるべし。アッベー氏は先に米國ペンシルヴアニヤ州の議事堂の装飾畫を揮毫中なりしが二枚丈は完成して今回陳列されたり。其一枚は高二十四呎あり。蓋し之まで此會場に出品されたる最も巨大なる物とす。近世の或論者は装飾畫と普通畫とは劃然と區別せざる可からずと説くものあり。併しアツベー氏の作に於ては此區別を判定しがたしと云ふは。氏の作風が元來普通の畫にても装飾畫的なるが故なり。氏は米國人の事とて畫題の撰擇も亦米國本位ならざるを得ず。即ち一枚は「ペンと米國土人との條約」他は「ヴアレー、フオージの野營にして。何れも筆致勇健位置適良にして題意好く現はれたり。殊に榎の大木の秋色など頗る宜し。
プラングウイン氏の新機軸
此畫家の作も亦アー子スビー、ブラオン氏の作も共に観者に一驚を喫せしめたる處にして。ブラングウイン氏は調色を一變し且つ装飾畫式をも改めたるに。ブラオン氏は從來氏が得意なる牧羊などの優さしき圖柄のものを止めて強傲勇奔なる作を示したることなり。ブラングウイン氏のは「酒」と題する大作にしてバッカスの神と二人の從者とを畫きたるものなるが。筆勢縦横色彩陸離たれども。バッカスの頭と胴との割合又左方に在る從者の肩の邊は如何なるものと思はる。ブラオン氏の作は右の如き物云ひの付くべき圖柄にあらず。曇れる朝の景にして青々たる草原に五匹の牛遊べり雲の描寫殊に佳し。之は幾分トロアヨンとウイリヤム、マリスとを狙ひたる處なきにしもあらずと雖も。併も自然の研究も充分にして氏が從來型に容りたる作品の十枚程にも匹敵すべき傑作なりとす。
肖像畫
肖像畫にはサージエント氏の作こそ無けれ出品の大部分は肖像にして。就中會頭サー、エドウッド、ポインター氏筆盛装せる英國王の如き主なるものにして。之には随分議論も出づべき處ならんも兎に角傑作たるを失はず。ハーコマー氏作の中最も出色なるはサー、ジユリアス、ワーンハル氏の肖像なるべし。サー、ルーク、フイルデス氏は五枚肖像を出品せるが。中に婦人の圖一枚あり。之萬緑叢中の紅一點とも云ふべく今回は他は凡て男子の肖像のみなり。
風景及海景
風景並に海景は出品多く佳作亦尠なからず。近來名を爲せるヒユース、スタントン氏の諸作又トップリス氏の作何れも賞賛の價値あり。就中最も多とすべきはサージエント氏の出品にして。其中にも「アルバニヤの橄概採収」の如き傑作なりと云ふべし。此大家は近來肖像畫に稍倦き。南方の麗はしき日光に感興か有するに至れり。今後は續々此種の佳品に接すべきの期あるべし云々。(以下彫刻評略す)
