南氏の水彩畫を見る
大下藤次郎オオシタトウジロウ(1870-1911) 作者一覧へ
大下藤次郎
『みづゑ』第六十五
明治43年8月3日
七月四日、上野に於て白樺社主催の繪畫展覽會を見た、場中南薫造氏の水彩畫が四十餘點ある、私が始めて氏の製作に接したのは四十一年の東京府博覽會の時であつた、爾後英國に遊ばれ、この程歸朝され、其間の製作の一部は本年の白馬會に於て見ることが出來た、そして私共の期待があまリ多かつたためか、多少失望の感を以て氏の作を迎えたのであつた、今こゝに氏の筆に成るものゝみ集められた一室に臨むに及むで、其の作風はやゝ明らかに解されてきた。
うち見たる處、眞面目に努力したと思はるゝ作は一つもない、併し輕い淡い心持の上にある感情は可なり捉えてあるが、強い印象を與へるやうなものは無い、その多くは完成されてゐない繪である、近來は、繪は必ずしも完成すべきものではなく、興味のあるうち描けばよい、それで立派な製作であるといふ、この意味から言へば氏の作は何れも立派な繪である、出來かけが非常によくて、描き進むに從ってシクジルといふ經験は誰れも持つてゐやう、其の出來かけのよい處で止めて置いたやうな繪が氏の作には多いのである。
木炭紙に鉛筆でやゝ強く輪廓をとつて、其上を淡い繪具でザツト塗つたといふやうなものに面白い作が多い、少し繪具の重なつたものには随分有難くないものも見受けた。
一の『日くれ』は空の色が氣に入つた。三九の『河ぶち』は淡彩ではあるがよい心持の出來である。四七の『ペナンの家』は極ザツトしたものだが捨がたい味ひがある。七の『河ばたの子供の群れ』も面白い。人物を描いたものでは、一二の『子供と犬』が注意を惹く、これ以外の人物畫はあまり感心しない。総じて誰でも、彼地で畫いたものは、いろいろの事情で思ひのほかよいものが出來るが、日本へ歸つてからはそのやうにゆかぬものである、私はながく此意氣を忘れぬやう、南氏の將來に望むのである。
有島氏には二點の水彩畫がある、どれも結構であるが、私は人物の方を勝れた作であると思ふ。
多數の人の作を集めた展覽會もよいが、一人二人の小展覽會は、観者の注意を集め、靜かに其製作の味を翫賞することが出來る、此意味に於て、私はかゝる展覽會をも歡迎するのである。