名家談片3
『みづゑ』第六十五
明治43年8月3日
セザンヌは、活きてゐるうちは悪魔のやうに言はれて、死んぢやつてから二三年しきやならないのに、畫きかけの水彩畫が一枚二萬フランもしてゐるさうだ。不遇な繪かきは皆ンナ死ぬに限る。
○世間に評判のいゝ人には、トカク悪口を言ふ反對の一派があるもんだ、だが、評判は偶然ではない、悪口をいふ人達よりも屹度よいのに極まつてゐるよ。
○鶏に卵を抱かせて、二三日で孵るといふ時、養鶏の書物を見たら、濕り氣を與へるため、巣の傍に土を入れて置けと書いてあつた。それから赤土を入れてやつたら、其重みで縄が切れて、高い處から箱が堕ちた、十ばかりの卵は破れて了つたと、何かに書いてあつた。
眞面目に勉強してゐる人間に、つまらぬことを云ふて――それがよし眞理でも――迷はすと、そんな結果にならないとも限らない。
○他人は他人己れは己れと、時流に超越して默つて勉強してゐる奴が一番恐ろしいな。