問に答ふ


『みづゑ』第六十六
明治43年9月3日

◎最近の號に一度本欄で御答したものや、一寸字引を見るか熟考すれば直ぐ解かるやうな術語の意義、外國語の解釋、其他一般讀者にさして有益と認めない質問には一切御答をせぬ(編者)■一鉛筆畫にて靜物寫生をなす時バックを畫くべきものなりや、白百合の如きは如何にすべきや二白色の硝子壜を寫せしに、黒くのみなりて光りの感じが出ぬ、如何にしてよきや三師に就て畫を習ひ居る間は獨習書の如きは讀まぬ方よろしきや四ニユートン製チユーヴ入最低二十三錢位ひのものは使用に耐ふるや(富岡洗帆)◎一稽古畫にしても畫面の隅から隅迄潰して畫く方法もあり、一寸目的物の周圍だけ淡くボカして置く仕方もあり、また輪廓だけで少しも背景を畫かぬ時もある、どれが一番よい方法といふのでもない、其場合によるのである、鉛筆畫の手本などを見るのは、このやうな塲合に先輩はどうしてやるかといふことを知る上に必要である二あまりに濃淡を見過ぎてそれを現はさうとすると、結果は却て實際のものと異なつた感じになる、強い蔭と淡い蔭との關係をよく見て、大タイの趣を寫すやうにすれば、白色の心持は出てやう、無理にハイライトを見せやうとするから却て失敗に了るのである三讀でも差支はない、そして師の説と異なつた處でもあつたら、自分の會得する迄師に問ふて見たらよからう、最も信する事の出來ない師なら、始めから獨習書による方がましである四ニユートンのチユーヴ入は、小さな方なら一個普通定二十錢なり、現今の處それが一番使用上安全なり■一木炭畫及油繪は絶對に獨習出來ぬものにや二鉛筆畫又は一色畫にて人物を研究するのも、木炭畫にて研究てるも同一の結果を得べきものにや三畫架を六十度に立てゝ畫くは便利なることの外に理由なきものにや四惡作を見るは害ありと、然るに石版畫にても惡作にてもよく見る者は上達すといふ、何れが眞なりや(KT生)◎一不便である困難であるといふ丈けなり、併し油繪は水彩畫よりも獨習がラクに出來るものなり二木炭畫で稽古するのが一番便利であるから、他の方法では進歩が遲いといふだけなり、また鉛筆や一色畫では自然大きな仕事が出來ぬため、伸々した思切つた稽古は出來ぬ三繪を描くのには自分の眼に對して平面に畫板を置かなければならぬもので、便利のためでなく必要上なり、六十度に限つた事なし、ウッムク時は三十度でも四十度でもよく、起つてやる時や大きな畫になると九十度にも置く四其人の眼識如何にあり、惡作の欠點を見破ることの出來る人は、惡作を見ても利益を得べし。青年に小説を讀ましてはイケヌとかよいとか、この場合に異ならず、惡作の欠點を見て反省の出來る人にのみ惡作は利益あり、昔しある両替屋では、小僧を雇入れると、當分のうちは眞正の金銀のみ扱はしておいて、決して贋造物など少しも見せぬ、そして金銀を見る目が充分肥えて來たころに、一個の贋造物を混ぜて置たら、直ぐに見出したといふ話あり、大人物は惡人でもよくそれを利用して働かせることが出來るが、普通の人は惡人と交はれば害がある■一繪を習ふに、多數の生徒ある先生の下にゆくのと、自分獨りだけ教へて貰ふ事の出來る親切な先生の下にゆくのと何れが宜敷や二中學程度の水彩畫本の模寫は普通何時間位ひかゝるものにや、私は長時間を要す、早く寫す事の出來る法ありや(NK生)◎一勿論其教へる人にもより教はる人にもよれど、教師は少し位ひ不親切でも多數の生徒の中で勉強した方が早く推歩する二普通の學生なら一時間で充分ならん、別に速寫の法もなし、濃淡をよく見て大膽に着色してゆけば早く出來るし、見方が不注意で一ッ處を幾度も幾度も着色して直してゆけば、手間がかゝつて結果はよくない■石版畫若くは原色版を手本として研究してよきや(小美術家)◎幾度も答へた通り、摸寫の時間があるならマッチ箱一つでも寫生した方がよい、若し摸寫して研究したいなら、手本は石版でも原色版でもよいが、それは眞面目な立派な作であつて欲しい■一スケッチ箱と畫架とは何れが便利なりゃ二美術學校に入學せずして相當の畫家に成れるものにや三風景寫生をなすに實物の如くに色を出すものにや、然らざれば其描法を問ふ(SH生)◎一四ッ切以上のものを畫く時は畫架がよい、それ以下のものならスケッチ箱の方が便利二公立學校では多くは一樣に教授するため、個性を認められず、天才の埋没することあれど、鈍才にても一人前になり得べし、私立學校又は私塾の教育を、受けたものは、天才は自由の發達をなし得べけれど、鈍才は一人前になり得ずに終らん、但畫の修業は、元より其學ぶべき塲處の影響を受くる事大なるには相達なけれど、要は自已の才分と其勉強の如何にあり、學校の選擇の如きは抑々末なり三自己に見え又は感じた色を以て描くのみ、他に方法なし■一東京の各研究所の入會資格二人體を完全に研究するには初めは石膏像よりなすにや三『光風』の内容(晩秋)一男女の別年齢の老若、教育の有無、其他一切制限なし、誰れでも入學が出來る二然り三廢刊■一透明したる深綠色の蔭は如何なる色を用ふべきや二『みづゑ』六十三口繪の空色及中央の岩の蔭色を問ふ三バレットの剥げたるを直す法(長野、初學者)◎一如何なる場合か其物質を示したまヘ二空はネプルスヱロー、ヴアーミリオン少量のコバルト、岩の蔭の一番暗い處はブラオンマダーなり三ヱメナルを流して置くとよい■我洋畫界に太平洋畫會と白馬會の二派あり、日本水彩畫會は其何れに屬するにや、また各派の畫風は如何(小美術家)◎現今の處別に著しき畫風の相達はない、日本水彩畫會の幹部は太平洋畫會々員なり■1、コンクール、2、ステーンドグラス、3、サロン、4、マツト、5、スタヂオ、6、カット、7、コンポヂシヨン、8、アカンザス等の字は何と譯すべきや(みづゑ親友)◎1は競枝といふこと、2は窓硝子の摸樣、3は普通巴里の美術展覽會を云ふ、4は繪畫と額縁の間にある紙にて臺紙、5は畫室といふ事にて、英吉利には同名の美術雜誌あり、6は書物や雜誌の文字の書出しの前にある繪畫又は摸樣、7は搆圖、組立、8は摸樣に多く用ひらるゝ植物の名、其他君の質問には近く前々號あたりに答の出しもあり、又タッチとか、バックとか、ローカルカラー其他の如きは普通語であるから、字引を出して見られよ■油繪にて人物及風景畫を習ふに良書ありや(河野生)◎大日本繪畫講習會の講義録、國民書院發行の繪畫獨習書等に一部の説明あれど完全ではない、大日本繪畫講習會取次の外國書には参考となるもの多し■大日本繪畫講習會にて發賣さるゝ肉筆油繪(六十五錢)は参考になるものにや(みづゑの親友)◎見ないから何共明答が出來ぬ、併し肉筆で六十五錢といふのでは、いくら小さなものでも佳作でありやうがない■小學校卒業後、中等教育を獨學にて學び研究所に入る方がよいか、又は中學卒業後美術學校へ通ふ方がよいか、又研究所へ入るのと一人の師の下に通ふのとは何れがよいか(北海道自然兒)◎研究所でも美術學校へ入るのでも中學卒業後の方がよろしい、又其師にもよるが、獨りでやるより研究所で大勢で學んだ方が種々の點に於て利益が多い。■一月光には如何なる色を含めるにや二月夜の寫生は如何にして可なりや(清艶生)◎一季節により時間により天候により元より一樣ではない、西の空に残★のあるうち、東に出た月には、往々磨いたやうな鋼色に見える、日が沈むと次第に黄色を増し、漸く高くなりゆくに從ひ、緑色より淡い青色を帯ふるやうになるが、元より一定の色があろ譯ではない、また月を寫すについても、色を畫き出すといふよりは、其月の光りの感じを出す方に工風すべきで、それには四周の空の色が大關係があるから、それから研究してゆかなければならぬ、二月夜といふても、前の答と同樣に種々樣々であるが、通例陽部と陰との研究が充分出來ゐれば、可なり其感じを出すことが出來やう、月夜の物の蔭影を若し寒色で畫くと其感じが出ない、蔭影はライトレッドやクリムソンレーキ、インヂアレレッド又は各種の褐色等で下塗をして置くとよい、これは丸山氏の研究談である。また寫生の方法は手許にランプを置いて寫生する人があるが、それもよいが、輪廓は畫のうちに取つて置いて、其夜の光景を充分脳裏に藏め、感じた色を記載して置き、翌日忘れぬうちに彩色をするのもよい。◎以上のほか、『水彩畫の陰の色及日向の色を問ふ』といふ某氏の質問あり、如斯は何と答へてよいか編者は其術を知らない、『三脚は是非必要なりや』も困つたものなり、書き立てれば澤山あるが、質問さるゝ人は知らないから問ふのだから、編者も叮嚀にお答いたしたいが、かゝる事に紙面を埋めるは他の諸君に氣の毒ゆへ、前にも言ふた通り、質問する前に自分の出來る丈けの勞をとつて、いよく分らぬものだけに願ひたし。

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