寄書 日記の一節

みい坊
『みづゑ』第六十七
明治43年10月3日

 八月二十日午後より、永濱重範君と中名方面へ寫生に行た、僕はとある丘上に書架を立てゝ、漁村と林を前景にして櫻岳を寫して居たら、長い間後から見て居た一人の農夫が「ソゲンシテサゲスム御取イヤツトナ」と聞いた、何の事か僕にやさつばり解らない、再三再四間ひ返したがわからぬ、僕はサゲスムと云かのが解らんのだ、僕は何も思はず、只さと答へたら「えー榮華いな」と云つて去つた、サゲスムと競ふのが氣にだつて居たので、歸途に近所の爺やに聞いて見たら、何だ提け寸と云ふ事で測量の事だつて、わかつておかしかつた、成程提げ寸と理ある事だわい。
  八月二十九日、今日も叉昨日の處へ出かけた、途中から「寫眞取がはら」と云つて。小供かわいわい云つて二三町ついて來た、叱つても聞きやせぬ、夕刻約束の場所に出合つた永濱君の寫生中の奇問「そんなに書いて、歸つて寫眞に取って賣るんぢやすか」と聞く者があつたつて、田舎ぢや寫眞が謁より餘程えらいんぢやなと大笑した。途中で僕等を氣ちがいが來たと云つたと云ふ噂を聞いた、開けぬ者つて滑稽なもんぢや。
  九月一日、十號ひつ提げ竹藪に行いて畫きかけたら、藪蚊の多い事にや閉口、足をはらへば脊中をやる、手は届かぬ、かゆさはかゆいかゆい、仕方がない、如何程熱中し居たとて之れにやたまらぬ、早々かへつた、夜中通してむしやむしやしてかゆくてかゆくて寝られなんだ。
 九月二日、何程蚊が多いたつて、やりかけたのをやめる氣にやなれやしない、いろいろ考へた末善い事を思ひついた、僕はきらいながら煙草を持っ事を、ほんとに善い法だ、其煙でか臭でか知らぬが、時々やると蚊やなんぞそこらへ來もしない、大いに助かつた。小事だが僕にや大發明でもした様に嬉しかつた。
 そして非常に樂しく、今日はすごした、今夜はかゆかないが、明日の天氣とスケッチが氣になつてよう寝ちれない、夢でスケツチに行けば、夜も畫も畫き通しぢやわい、明日も叉好天氣を祈る。

この記事をPDFで見る