寄書 予が退會の理由

昔の某會友
『みづゑ』第六十七
明治43年10月3日

予が退會の理由 昔の某會友
  本誌八月號三六頁上段に 本誌は帳簿整理上如何に御懇意の方にても前金に非ざれば發 送不致候或る會友は前金切後發送せざりしとて自分を不信用 と思ふかと怒られ即日退會致されし例あり依て爲念御注意申 上置候
 との記事(圏點は諸君の注意を惹く爲めに私が附したのである)が掲載されて居る是は諸君既に御覽になつた事と思ふそして諸君は此記事が事實に相違して居る點のあるとを御承知ないから大下先生の處置は當然で私の方が無理だと思はれた事であらうと想像する或は私の方が無理であるのかも知らぬ併し私自身に於ては先生にも過失がないとは思はれぬ依て私は從來の關係を記述して退會の理由を告白するのである如何にも先生の云はれた通り會費の切れた事ば事實であるそして夫れは五月分迄であつた抑も私が會友の末班に列したのは一昨々年の七八月で爾來今回まで會費を切らした事は只の一度もなかつた夫れが今回に限り何故佛込を遅延したかと云へば聊事情があつたからである其事情と去ふのは下の通りである本會に特別讀者の制を設けられた事は諸君も御承知であらう、で私は其當時之に加入の希望を有して居た恰もよし先生より加入の勸誘を受けたので早速加入した夫れは何でも一昨年の六月であつたと記臆する爾來先々月迄は會友で併せて特別讀者であつた然るに何分私は遠隔の地に居るのであるから毎期先生よりの折角御送付下さる繪畫が圖柄若しくは出來工合の點に於て自分の希望に満たぬ事が多い夫故自分の満足するものを得る迄にば少からず先生に御迷惑を煩はした斯る次第であるから先生に對し御氣の毒に堪へない夫故六月頃であつたか何か善き方法もがなと御相談をかけた處が別に名案もない右の次第であるから本年は單に會友として會費だけの拂込に止めんか將叉矢張り特別讀者を繼續せんかと躊躇して居つたのである然る處六月號の發行日も過ぎた當地の書店には既に着本して居る併し自分方へは來ない自分は斯様に思ふた自分は数年來會友と特別讃者の一人であるそして昨年分の絡畫も未だ頂戴して居らず(是は自分に希望がある故ではあるが)殊に先生と一面識か無いのでなし省自分の書面に依ても假りに特別讀者を中止するとも會友として繼續する事は先生に於て御承知であらう旁一時前金切になつたとて直に發送を差止められる様な事は萬々あるまいと處が二日待つても三日待つて矢張り來ない最早辛抱が出來なくなつた遂に先生に問合せた其御返事は『六月號は前金切のため發送しなかつた事と思ふ併し七月の紀念號は兎に角送本させる』と云ふ意味であつた其後私は旅行で不在勝であつた其内途に七月號の發行日も経過した矢張り來ない其代り葉書が來た『紀念號は發行になつたが残本僅★三十部に過ぎぬ早く指圖して呉れ』との意味であつた讀み終りて暫し私は呆然たらざるを得なかつた夫れは何故かと云ふに是迄私は大の先生崇拝者であつた併し夫れに技倆の如何よりも人格の高き御方と信じた爲めである然るに其私淑して居つた先生の此葉書の文句は曩きに兎に角送本させると云はれた言葉を反古にせられたもので私は實に意外に思ふたのである私が前に先生に過失云々乏云ふたのは即此點である夫れで自分は不愉快に堪へられないから遂に意を決して退會した次第であつて決して先生の云はれた如く前金切後發送中止のため直に退會したのではないのである此様な事を云ふのは甚だ大人氣ない話であるから實は今日迄默過して居つたのであるが先生の御都合のよい様にばかり書かれて猶且つ忍ばねばならぬ事はあるまいと事情を知れる友人が頻に勸めるので途に是迄の關係を述べた次第である。
  (終)

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