水彩畫寫生法[九]

夢鴎生
『みづゑ』第六十八 P.5-6
明治43年11月3日

 描きつゝある間にも折々改竄をしたり、形の確かめをする必要がある。
 充分注意して、安全に、畫面を損せぬ樣にしなければならぬと同時に、無用の改竄はせぬがよい。
 小部分の改竄ならば、其部分を濕らせて、柔き布かパンで拭去る、跡が粗うすぎるならば、畫の上に錫紙を載せて其上から象牙環かナイフの抦の樣な物で磨する、廣い部分を修正するには、海綿が要る、此時は、厚い畫紙に、適當の大さと形との穴を切り抜いて、改竄を要する畫面の上に置く、それから清い、小さい濕つた海綿で、畫面に付着してある彩料を浮かせて、其れを含ませ取り去る、海綿を餘り長く置いたり、廣い部分を一時にしやうとしてはいけない。
 彩料が取り除かれたら、紙を乾かす、乾いたら補修するに其際必要あらば象牙で磨する。
 如何なる部分が補修されるとしても、色の順序は前と同一でなくてはならぬ、一例を基げて見れば、改竄を肉色に施すとすれば、先づ最初にヴエネチヤンレツドを置いて、蔭にはブリユーといふ樣にするのだ。
 或る人は、改竄をするに、海綿でウオッシをするが、此は危險がある、殊に肉の部分などては險呑である、こんな時に上等の鑢紙で、水削した紙面を摩擦して、紙面を粗にして傅彩する事がある。
 これに適當なる鑢紙は〇號がよい、これも畫面を擦する前に、鑢紙と鑢紙とを擦り合せて、これから使用するが宜しい、小部の修正には、ホワイトを塗つて、其が乾き上がつてから作業するのも便利である、
 結論
 大家の未成畫を見ることは、大に參考になるものである、未成品では、色彩が未だ、渾然といかず、別々に塗つてある、其點が參考として面白いのである。
 頭を描くのに適當な模範畫が見付かつたら、それを寫し初めて、ヴエネチヤンレツドで線描をする位いで作業する、そしたら其畫は其儘に保存して置いて、別に寫し初めて、頭に圓味を持たせる爲めに、蔭影を彩る處にて作業する、こんな風に、第三第四と彩色の順を追ふて作業して、其の一段毎の作畫を殘し置き、終には一枚の畫を完成する。斯の如き製作順序を示して置く、幾枚かの畫は極めて必要なるものである。この參考畫を自分の傍へ置けば、或る畫を描いて居て、傅彩の法を忘れた時などに、直に採て其の方法を知ることが出來るのである、されど、これをするには幾多の困苦、忍耐を要する、尤も美術の上達を望む者には此位の勞苦は耐へなければならぬ。要は目的を達するのにあるのだ。これで水彩肖像畫は一先づ終りとする。
 附言、これはメリフイルドといふ女の書いた本からとつたのだから、今迄いつた、肉色、髪の色などは、日本人を描く場合には其儘應用は出來ぬといふことを、讀者に於て承知して居て貰いたい。
 水彩の肖像といふと、夏目君の專賣の樣な氣がするが、前述の肖像畫法が、幾多アマチア中に肖像畫を描く人の參考となつて夏目君の壘を襲ふ樣になつたら夢鴎生は非常に嬉しく思ふのである。

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