問に答ふ


『みづゑ』第六十八
明治43年11月3日

■一初學者の寫生は細部に目がついて大體の調子と色彩を描くこと困難なり、其弊を脱する法を知りたし二應募の文章繪畫は會友の作にても優秀なるものにあらざれば掲載なきや、又は會友なら優劣によらず賞與を受くるにや(常陸聞度生)◎一繪畫の基礎たる墨繪から學んでゆけは早く大體の感じを取ることが出來る、墨繪で形の研究が出來て濃淡の調子か分り、後ちに彩色をするのであると、何の苦もなく感じを出すやうになれるが、それ等の素養の無い時は、一枚繪をかくのにも、形にも苦しみ、物のマル味や深味を出すことにも苦しみ、其上色彩にも苦むといふ譯で、順序を踏んで稽古する人が、一つ一つ苦しんで覺えてゆくのを、それ等の素養のない人は、一度に三つの苦しみをするから、それで徒らに細かい部分にのみ心配して大タイを忘れるのである二寄稿には會友と否との區別なし、又水彩畫の賞は有益と思ふ文章及登載された繪畫のうち出來のよいものに差上る定なり■中學卒業後美術學校に入らず、洋畫研究所にて修業の希望なれど、只研究所のみにては、處世上仕方なきや(茨城一中學生)◎美術學校を出で教師にでもならうといふのなら知らぬこと、畫家として立つには、學校や教師に大なる關係はない、其人の才分と勉強とで、青年にして大家ともなれやう、老年迄も終に世に知られずに了らう、美術家としては、美術學校の出身者と、私立研究所、又は私塾の出身者等社會上何等の軒輊なし■一初號よりの愛讃讀者なるが大下先生に自己水彩畫の批評を願はれまじきや二仕上けし水彩畫にニス、アラピヤゴム等を塗りて畫面に光澤を出すの利害三仕上げし水彩畫にエローオークルを塗る場合、及其可否(海月)◎一會友となつて戴きたし二物の感じを出す上に於ては如何なる手段をとつても差支は無いが、なるべくはかゝる技巧を避けた方がよし三空など時として畫いたあとで淡く重潤する場合あり、併しこれはユローオーカーに限つた譯でなし四の榕村主人は鵜澤四丁氏、他はお答出來ぬ、序に前號「いやになつたらいつ廢刊する」云々について御氣遺のやうだが、讀者からあまりヤヵマシイことを言はれ、吾々の意を解さぬ人が多いやうなら廢刊しないとも限らぬが、然らざる限りは、吾々の精力の盡く間は永續する譯故御懸念なく御愛讀を請ふ■一一色畫の方法二西洋畫家の傳記ありや三一色畫に使ふ繪具の名及價値四美術書籍及雜誌の發行所(東京畫狂生)◎一只今靜物寫生の話をしてゐる、一色畫のことは『みづゑ』六十五、六十六及本號にある、三の答もこれによつて見ちれたし、但繪具の價は一個五錢より以上二小石川精美堂發行にて橋本春郊氏の譯されしものあり、書名定價不詳四外國出版のものは丸善書店にあり、邦文にては本郷湯島切通坂畫報社に種々出版物あり■一みづゑ六十六『しけ』の湖水の色の名二前々號廣告佛國上等繪具は使用に耐ふるや三河の寫生に下流を寫しても上流に向つたやうになつてしまふ目や水平線の加減にや(文影生)◎一『みづゑ』六十七問答欄を見たまへ二まだ現物を見ぬ故お答出來ぬ三困難なる技術の一つなり、岩でもあつて急な流れなら趣を現はし得べし、緩流にては凡手のよくすべき限りでない、かゝる場合向ふに流れてゆく感想を出さなくともよいが、強てそれを現はしたいとなら、舟の位置、杭などの流れを遮る塲合の描寫を正しくして出すより他に途はない■一初學者の風景寫生に用ゆるワツトマン紙の粗密二諸先生が作畫に價を附せられる標準三マツトの色及紙質は如何なるものがよきや、また直ちに糊貼にしてよきや(小美術家)◎一其畫くべき塲處の感じによつて紙も選ばねばならぬが、別に粗目とも何とも記號のない普通のワットマンがドンな塲合にも用ひられて初學の人によからう。二繪の良否三マットの色も其繪によつて一樣では無いが、マットは背景と同樣に目立たぬものがよい、金と白が一番無事、鼠なら鈍い色がよい、そして厚い方がよく、直ちに貼付るよりも、繪の出る處だけ斜に面をとつて切抜た方がよい■一研究所にては實物と模寫と兩方ありや二木炭で靜物の稽古も出來ますか三カッサン、ホスタ以外に高尚な鉛筆畫臨本ありや(TS生)◎一初學の人には、一二回模寫をさせて、後は實物寫生二出來る三日本に來てゐる者では他に無い■一毎日午前半日丈けの勉強で、通常の人と大差なく進歩すべきや二普通の進歩で文部省の展覽會に出品が出來る位になるには何年程を要すべきや三太平洋畫會研究所の敎授方法四美術學校入學は私立中學の卒業生でもよきや(自然兒)◎一普通は午前研究所で勉強、午後から戸外寫生をやつてゐるから、半日なら他人より遅れる筈なり、併しそんな事を考へないで、自分は半日でも二時間でも、人に遅れない丈け一生懸命にやるといふ覺悟の方が大切なり、現に水彩畫會研究所には、僅かに朝一時間(それも人ょり早く起きて)の寫生と夜分研究所の稽古とで、まだ初めてから四年程であるのに、去年も今年も文部省展覽會に及第した人がゐる二五六年以上三他の研究所と異りなし初めは、午前墨繪、一ヶ月一週午後コスチユーム、教師は一週二回見巡りに來る四文部省認可の學校なら差支なし■一チューヴ入繪具柔かにして流れて困る、固くする法二日本水彩畫會と春鳥會との關係三冬期休課に研究所又は講習會へ出る道なきや四木炭畫に指を使用してよきや五近頃の原色版は黒味勝のやうに思ふが如何(緑)◎四舶來品には、輸送の途中固くなるを恐れて、殊更に柔らかに製せしものあり、別に固くする手段なし、少し宛出して使ふのみ二春鳥會は雜誌の發行を主とし、日本水彩畫會は專門とアマチユーアとを問はず技術の教育を爲すために出來たもので、幹部は無論同人の手になってゐる三冬期は何處の研究所でも休みなり、又個人としても旅行等で教へてくれる處は無い、來春は東海道清水若くは靜岡附近で、短期講習がある筈故出席せられよ四差支なし、但脂つ手は困る五近頃の二三枚、特に六十七の『庭の隅』は非常に藍が勝つたが、他は全體として進歩しゐる■一染料用色素中紅梅色のフロキミン、黄色のオーラミン等は、グリセリン及びアラビヤゴム末等と練合して水彩畫用としては如何二遠近を不論ホワイト混合用法三近景の松の葉の塊團は、概畧的筆太に、又分離せし葉の稀なる處は一本宛畫いてよいか(湯淺生)◎一染料のことは知らぬが、水彩畫の着色はあまりに華々しきを忌むし、また普通染料は洗つてもとれぬもの故注意を要する二遠くほんやりした場合、又は極々輝いて晴れた空の中、草原の日先を受けて光つた處の不透明な場合、或は草原などの中に光つた葉等三大タイそれでもよいと思ふ、描法はどうでもよし、併しいかにマバラな處でも、一本々々畫くには及ぶまい。

この記事をPDFで見る