寄書 嬉しかった憎くかった、嬉しかった美味かった、

益井生
『みづゑ』第七十
明治43年12月3日

 「蝉」の聲耳に響鳴り、手足百斤の鼎を持ちしなり重く、綿の如く疲れし體を横たへ雜誌枕に大の字の畫寢平素胸に描く先生と共にスケッチに餘念なく夏を忘れて浮ぶ江山、風を送り來る白帆眞帆、豈夕顔棚の下納涼みのみならんやと正に之れ玉夢の眞最中憎くや覺ます郵便の聲、『みづゑ』と聞きて勇み起き早く見る、原色版石川さんの裏町、大下先生の山村の夏其他我意を得たりと悦び嬉び時のうつるを知らず、時に行水に汗を流し夕餉を取る、何だか今夕に限り非常に美味にて夢中に濟まし焦るゝ『みづゑ』を手にして淋しき獨身生活を慰めらるゝ諸先生を心より謝したのである、而して夢を覺せし憎き配達夫を愛したのである。

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