寄書 靜物寫生の失敗

一斗生
『みづゑ』第七十一
明治44年1月3日

 柿紅葉昨朝の霜に堪ヘざりけむ、小春日の暖かに風もなき昨日一日、折々淋しき音立て散る毎にコスモスに集ふ蜜蜂共を驚かせしが、今朝は遂に一葉も殘らずなりぬ、輝きたるコバルトの空も明るき梢を透して見ゆる程。
 今年の霖雨にも落ちずして梢に黄金の秋と實のりたる御所柿の餘りに美事なれば、今日の日曜を幸ひと惜しき半日を費して収穫しければ、座敷の椽に黄金の山をなせり。
 見る程益々美しきに、之れこそ好材料、寫生せざる可からずと早速形よく熟したる十個許りを取りて紫モリンスの風呂敷と盆とを持ち出して、甞て受けたる批評を思出し思出し、位置やら光線やら又明暗等大に苦心したる後、大得意になりて畫板をとりぬ。輪劃出來下塗り終り、次第に描き進みて、彼之と色彩に苦しむ頃恨めしき西山は既に夕陽を呑み去りて萬事休するに至れり、明日は早く仕上げむと、餘儀なく筆を洗ひて材料は總て其儘に、成功の愉快を夢みつゝ床中の人とはなれり。
 昨日の誤りもあらば發見せむものと、床起するや否や第一に境なる襖を引き開くれば、是はそも何事ならむ、一途に昨日のまゝと思ひ居し柿の此有樣。
 よし、狼籍者は明かなり、遠からず處分し呉れむと、先づ此の場の樣を見れば、十個の柿に無事なるはなく、一二ヶ所穴あるは上等にて半分食はれたるあり、蔕のみ殘りて形なきあり、二三個は盆より引き出されて濃の如く風呂敷に蹈み付けられ、臺上一面柿の實と鼠糞散亂して手も付けられず、半成なる畫と對照すれば腹の立つよりも開いた口を閉づる能はず。
 鼠が柿を食ふのかと今更の樣なる大發見をなして、二度目の寫生には、障子の穴を塞ぐやら、明るき内より柿を仕末するやら、鼠公防禦に汲々たりき

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