寄書 繪日記の畫題?

富岡洗帆
『みづゑ』第七十一
明治44年1月3日

 或る日の事だ。風が吹く空が曇つて薄ら寒い日である。板圍ひを傳ふて大江橋の袂まで來ると、不圖目についたものがある、見ると赤毛布を着たお爺さんとお婆さん、お爺さんの左手は、お婆さんの左眼を、眼の球が飛び出る程はだけて、右手には垢の染んた淺黄の手拭、その一端は、なめて細くなつて居る。僕はお婆さんが、眼ヘ塵を入れたのだと思つた、そして『此頃大阪朝日に、連載されて居る寫眞スケィチに、此樣のを出したら面白かちう』と思つた。然しお婆さんは眼の塵が出たと見えてパチパチしながら、橋を渡つて行つた。
 勿論處も知らぬ、名も知らぬ、寫眞には撮られなかつたお爺さんとお婆きんとは、『奇抜』と云ふ題の下に、僕の繪日記ヘ僕の拙ない筆に依つて、寫されたのである。(完)

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