問に答ふ


『みづゑ』第七十一
明治44年1月3日

 一畫才の有無は修養後にあらざれば知れざるか二目下東京に於て苦學して繪を習ふことは出來るものにや三二十歳過にても繪にて成功すベきや(NY生)◎一たゞ一枚の繪を畫いて見ても解るが、最初は見込なし思ひし人にして勉強中ある動機かち有望となる例もあるから、成効は一に其人の勉強次第とも言ヘやう二繪も他の學問も同じことで、勞働して學問をなす人もあるから畫でも出來ぬことはない、出京早々クラな處ヘ入らうの、時間を澤山貰はうなどと思はず、如何なる賤業でも厭はず辛抱して、徐ろに時間と學費を得て修業するのなら出來やう、併し何よりも身體が壮健でなくてはいけぬ、また辛抱強くなくてはいけぬ。古學の事は、中學世界の島貫先生に相談した方が安全である三二十歳以上でも决して差支なし、其人の意志一つである■一地方にあつて正式に研究する方法二石膏模型の各部公の普通使用期月三繪具の使用時機四太平洋畫會等にて會費を納めて獨習者の繪の批評を受けうるや(北海道自然兒)◎一木炭にて石膏像の寫生を試むのであるが、誰れか敎師が居ないと自分の誤りが分らぬから進歩しない、當分上京出來ぬなら其間は鉛筆寫生でもシツカリやつたらよからう二意味がよく分らぬ、一の部分の寫生は幾日位やるものかとの事なら、研究所などでは通例一日三時間六日で仕上ることになつてゐる、但それで時間が不足なら充分滿足する迄やるがよい三輪廓が間違なく取れて、濃淡の調子が正しく見えて、物のマル味や距離が實物を見るやうに明らかに畫けたら色彩に移つてもよいが、これはたゞ規則だけのことで、其前に繪の具を持つてはならぬといふのではなく、あまり早くから繪具の方ばかりやりたがつて、形や濃淡をおろかにしてはいけぬと申迄なり四他の會ではタトヘ會費を拂つてもそんな面倒は見てくれない■一大阪の葉月會は未だありや二日本水彩畫京都支部は廢されしや三會友の徽章はありや(月峰生)◎一知らず二京都支部は關西支部と合併の相談ありて自然例會等中止のまゝなり三只今品切■一會友は木炭畫及油繪の批評を受くることを得べぎや二五ヶ年程地方で木炭畫の研究をなして上京研究所へ入りても初學者と同樣の取扱なりや三繪畫研究者に必要なる學科は何か(みづゑの親友)◎一差支なし、但木炭畫にては實物と比較出來ぬため、細かき部分の形や濃淡は分らぬから風景寫生の場合よりも不充分を免れざるべし二其寫生したものを見た上でなければ分らぬが、如何によく出來ても直く高等科(人體寫生部)へ廻ることは六つかしからん三解剖學、透視及透影畫法、美術史、外國語學の類■一製作及スケツチの區別を知りたし二近視眼は畫家となる資格なきや(HM生)◎一スケッチも一の製作である。質問の意は展覽會になど出る仕上つた繪と、スケッチとの區別といふ事ならん。スケツチは事に觸れて其形や組立や感じを寫し取る繪にして、略畫とも下繪とも云ヘるが、其儘立派な美術品として差支なきものである。一の製作、即ち仕上つた繪といふのは、それ等のスケツチを土臺にして組立てたり、モデルを使ひ幾日もかゝつて畫き上げた繪をいふので、完成されたものを意味するのである二あまり高度でなければ差支ない

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